大島渚著『タケノコごはん』に寄せて

2015年9月18日

大島渚著『タケノコごはん』に寄せて
~歴史を紡ぐ戦争体験~

 先日、日本映画を牽引してきた巨匠大島渚監督(1932年~2013年)が、ご自身のお子様へ書いた体験記を基にした絵本『タケノコごはん』(絵・伊藤秀男、ポプラ社2015年8月刊行)を、奥様で女優の小山明子さんよりいただきました。

 表紙を見ますと、帯には「戦後70年 親子で語ろう『戦争』と『平和』」と記され、さらに「『世界のオーシマ』、映画監督の大島渚が、世界中の子どもたちへ贈るメッセージ。」とあります。

 この絵本には物語りがあるのです。そのことをご子息で湘南学園小学校卒業生の大島武さんが本の「あとがき」で次のように記しています。武さんが湘南学園小学校3年生の頃、担任のN先生が「お父さんやお母さんにたのんで、こども時代の思い出を作文に書いてもらってください」という宿題を出したといいます。ご両親の多忙さをよく知っている武さんは悩んだ挙句、父親の渚さんに「おそるおそるたのんでみました」。武さんのこの頼みに対して、父親の渚さんは、「よし、わかった」と請合ってくれ、翌々日にはこの宿題を完成させて早々と担任の先生に提出することができたそうです。その宿題がこの絵本の元になっているのです。

 父親の渚さんは、この宿題を出した湘南学園小学校の先生のねらいがどこにあるのか、よく考えられたのでしょう。戦争は悪い!といくら直裁に表現してもそれで終わってしまう。渚さんの少年期は戦争下でした。学校のなかにいたケンカが強くマメタンクと呼ばれた正義感あふれるさかい君が、父親の出征そして戦死を契機にいじめっこに変わっていく様子、担任の先生の応召と戦死、新しい先生との出会い。そして戦時下で食料事情が悪化するなか、新しい先生の実家で友達とタケノコご飯をご馳走になっている時、涙をためたさかい君が新しい先生に向かって「先生、戦争なんかいくなよっ」と叫んだことを通じて、さかい君の「かなしいきもちが すこしわかった」渚少年。このように戦争が子どもたちの生活をそして気持ちまで追い詰めて壊していく様を、たんたんと描くことで、戦争が与える影響を想像してみてごらん、君はどう思う? という問いかけにつなげ、「日本の国が戦争をすることが、ただしいことだとおしえられてきたんだけれど、そのときはじめて、やっぱり戦争は戦争はしないほうがいいのかなあ、とおもったのでした」と結んでいます。

 戦後70年という今夏に、武さんは、父親の渚さんが、日頃から「自分で考える人になってほしい」と言っていたことの意味を、こうした形で表現されたと私は受け取りました。

 父親の大島渚さんからお子様の武さんへ、武さんから日本と世界の子どもたちへ、「歴史を紡ぐ戦争体験」を絵本という形にして贈ってくれたことを、湘南学園小学校の関係者の一人として何よりもうれしく思うのです。

*本記事において、大島渚さんの本を誤った書名で紹介しておりました。訂正するとともに、お詫びいたします。(2016年1月8日追記)