第194回 元気と展望をくれる1冊の本(3)

2011年2月18日

玄田先生は、つづいて社会の孤独化現象に目を向けます。自殺者が毎年3万人を越え、高齢者の孤独死が増えています。いじめや不登校、失業や不適応に直面 しなくても、周りに気をつかい過ぎて疲れる子どもや大人は想像以上に多いのです。「対人関係能力」を強調する風潮や「KY」を笑う風潮がしんどくて、周り を避けてますます人びとから遠ざかる傾向が広がるのです。
そんな中で仕事に対して希望の豊かな人の特徴として、実は職場を離れた友人や知人が多いということを知った先生は、「ウィーク・タイズ」の重要性を提示 します。希望は自分の近くばかり見て探しても見つかりにくい。弱くても緩やかな信頼でつながり、たまにしか会わない仲間との交流を豊かにすることを勧める のです。
家族・職場・近隣など「ストロング・タイズ」も大切だが、自分と違う世界に生きる人や異世代の人と関係があると、「こんなことがあるのか」「自分がやり たいのはこんなことかな」と発見したり、仕事が開けたり、仕事以外のことにも希望をつくり出しやすいというのです。「同窓会」のメリットについても例示さ れています。
「心の窓をどこか必ず職場の外に向かって明けておく」大切さが説明され、働く事そのものにウィーク・タイズの重要性は増していると説かれるのです。

希望をとりまくポイントに、「可能性」「関係性」と並んで「物語性」があるという次の核心に入ります。子どもの頃にいだく素朴な希望の大半は実現しないものです。情報化社会の中で若者は希望の実現の難しさを知りやすく冷めやすくなっています。
希望を求めて行動しても簡単には実現できず、失望に変わることが多いのが現実です。でも先生は、希望は探し続けることに意味があり、「失望した後にその 経験を踏まえて次の新しい希望へと柔軟に修正させていくこと」が大事だと説きます。「希望の多くは失望に終わるが、希望の修正を重ねることでやりがいに出 会える」というのです。

「修正の旅」と並んで「挫折の体験」も重要だとされます。希望学の調査で、やりがいのある仕事を経験したかどうかを尋ねると、最も高いのは「当初の希望が 別の希望へ変わっていった人」であり、「挫折を経験しなかった人」と「挫折を乗り越えられなかった人」よりも「挫折を乗り越えた人」が現在も希望を持って 仕事をしている割合が断然に高かったのです。
初めから希望通りの人生を送った人よりも、希望を修正したり挫折を乗り越えたりする人の方が、希望ある人生を歩んでいるという事実に突き当たったのです。「過去の挫折の意味を自分の言葉で語れる人ほど、未来の希望を語ることができる」と説かれます。
仕事が行き詰まった人に対して、先輩のほんの一言が「ハマる」励ましになることがあります。「挫折が希望に変わる瞬間には、しばしば人から人へ経験の伝播がある」ことも指摘されます。
玄田先生が通い続ける地域のひとつに、岩手県釜石市があります。大津波の被災や、製鉄の繁栄を経た「全高炉休止」後のどん底をくぐった住民達が、ふるさ との挫折の歴史を直視し、地域の経験の宝を再確認し、新たな希望を育んでいった姿から、日本全体が学ぶことがたくさんあると指摘されます。
「対話による希望の共有」と並んで「ローカル・アインデンティティの再構築」が地域再生の条件であることが、具体的に解説されるのです。

・・・・・・『希望のつくり方』で展開される論旨について、たどってきました。この通信を読んで下さる方々が、ぜひこの本を直接読んで頂けたらと強く願いながら、ここでひとまず止めようと思います。
この本には、その先にも素晴らしい励ましのヒントがちりばめられています。
その中から、印象に残るセンテンスを例示してみます。

  • 「人生ふりかえれば無駄なことなど何もない」
  • 「無駄に対して否定的になりすぎ」てはいけない
  • 「希望はあえて迂回し、距離を取ることによって出会える」こともある
  • 「人生という長い物語を歩き続けるには、無駄を適度にちりばめることも必要なのです」
  • 「希望は根本的には、一人ひとりが自分の物語として人生をかけて紡いでいくものです」「ただし、個人の希望は、社会から遠く離れたものでもありません」「社会の希望は、お互いの希望についてじかに語り合い、希望を共有できる範囲から始まります」
  • 「地域の内と外、さらには地域内同士での人と人とのつながり(人的ネットワーク)を広げていくこと」や「ウィーク・タイズが重要になってきます」
  • 「大きな壁にぶつかったときに」大切なのは「壁の前でちゃんとウロウロしていること」

この本の終わりの方では、高校生向けに「大学・学部の選び方」、我々教員向けに「本当のキャリア教育」についてなど、いくつかの印象深い助言が述べられています。

この『希望のつくり方』は、進学や進路に迷う学園の在校生や卒業生に幅広く読んでもらえたらと思いました。また職場の同僚にも勧めたくなる本でした。
会社や地域で悩みを抱える方々や、子育てに不安の強い保護者の方々にも、幅広く一読をお勧めしたいです。
私もそうでしたが、自分の現状やこれまでの人生の軌跡を改めて振り返り、これから踏み出すべき方向を考えるきっかけにもなる本だと思われます。新鮮な人生のヒントや励ましに満ちた本だからです。