第67回 本学卒業の大先輩・森 稔氏の講演とメッセージ

2010年6月30日

先週土曜日は、とてもビッグな一日でした。
まず午前中には、今年度最初の学校説明会をアリーナで行いました。親子連れの方々が例年に増して多かったです。特に今回初めてお願いした在校生保護者の お話が、来校された保護者の皆様に、深い感銘と安心をお届けする素晴らしい内容でした。実際にお子様を本校へ通わせておられる立場からのお話であり、受験 でご心労の続く保護者の方々と受験を控えるお子様達へのメッセージは、実に的確で温かく、同席した私も深く感動いたしました。

午後は、同じアリーナで「湘南学園同窓会2010・松ぼっくりフォーラム」の大講演会が行われました。湘南学園中学校の第1期卒業生でいらっしゃる、森 ビル代表取締役社長の森 稔氏による講演を聞こうと、在校生・保護者・同窓会や後援会の方々・PTA役員の方々・自治会や一般の方々・そして教員など、実 に七百数十名の皆様がアリーナに結集したのです。

森ビル提供の映像が上映され、オープニングは中高吹奏楽部の演奏が行われました。同窓会会長の佐藤様が主催者挨拶をされ、まず同期生の鈴木健次氏(元NHKアナウンサー)と森氏の対談が始まり、興味深いお話がありました。
当時湘南学園はまだ小さく、校舎は松林に囲まれ、戦後の解放感の中で自由と個性を大事にする雰囲気に満ち、事情があって途中で学園に転校された森氏は、 この校風にすぐ馴染まれました。当時の学園長・宮下先生は「とにかく本を読め」といつも話されていたそうです。英語の勉強に取り組み、友達の多彩な才能に 刺激され、ご自分は文芸が大好きで鈴木氏と共に同人誌を立ち上げ、広告取りで街へも出たそうです。成績は目立つ方ではないが、トルストイやヘッセの全集な どを読みふけり、小説を試作する中学生だったとのこと。(実際、当時発刊された「松ぼっくり」創刊号には、森氏が中3の時に約5000字で著した創作文の 力作が掲載されています!)
東大へ入学後も小説家志望だった森氏は、その後小説を書く材料集めにとお父様の仕事を手伝う中で実業の面白さに目覚め、街づくりの魅力に視野を広げて、新しい人間関係を広げ、未踏の事業に着手していかれました。

「魅力ある都市再生への挑戦~立体緑園都市“VERTICAL GARDEN CITY”構想~」と題する森氏のご講演に移りました。アークヒルズや六本木ヒルズを構想され実現してきた森氏のレクチャーは、実にスケールの大きな内容 でした。これまでの街づくりで大切にされた事は、「やりたい行動をすぐに実現できる機能的な街」であり、「仕事場と家庭が近くてサードスペースが豊かな 街」すなわち「多様な文化があり、ゆっくりと自己啓発でき、プライベートゾーンが保証された街」です。もちろん「犯罪がなく、自然災害に強い街」「子ども に優しく、高齢者が安心してケアを受けられる街」「省エネを追求した街」であるとともに、「緑豊かで他の生き物との共生を回復する街」が目指されました。 以下の内容を、講演された概略をまとめる形で紹介してみます。

私が強く危惧したのは膨れ上がった大都会・東京の現状でした。単独ビルが無秩序に増設され、低層住宅がスプロール状に広がる東京は(航空写真も展示)、 勤労者の通勤時間も平均70分往復で、国際的に見れば人も資本もイベントも招きにくい都会になってしまいました。現在日本経済の国際競争力は世界ランクで 27位であり、同じアジアの中国・韓国・タイにも抜かれています。東京のグランドデザインを描き直し、大胆な再開発をする必要があると考えました。
複合的な機能を持つ超高層ビルの建設と地下の有効利用を軸に、緑地を回復し、新たな風の道も形成し、屋上の有効利用など大胆な構想を展開しました。十年 以上もかかる大プロジェクトを具体化していきました。都市と自然が共生する、職住一体化も追求する、周辺の街にも文化・芸術を発信する斬新なデザインを現 実にしていったのです。
今では大都会の真ん中で田植えや盆踊りなど伝統文化も大事にされ、クリーンアップや「朝市」や国際映画祭には多くの住民や周辺の人達が参加しています。樹木が育つと、大都会に虫や鳥まで戻ってくるのです。
東京でいくつも大きな仕事を達成し、注目の上海でも巨大計画が成功し、「森ビルならきっと出来る」とアジア・世界の各国から大きな注文がいくつも重なる 多忙な現状です。世間が「不可能への挑戦だ」と見ても、我々なら「自分達なら実現可能だ」と思えるのです。小さな成功経験を重ねていくと、より大きな達成 経験へと発展していけるのは面白いことです。世界はいま、グローバル時代に入っています。世界中のグローバルプレーヤーが、仕事や観光でまた新たに東京へ どんどん来てほしいと願っています。また、この鵠沼も含めて日本各地で、新たな魅力ある街づくりの気運が広がることを願っています。

今日聞いて下さる、特に中高生の皆さんに、次のメッセージを贈ります。
<謙虚であれ、貪欲であれ>、そして<龍になれ、雲おのずから集まる>です。学校時代に秀才でもなかった自分が、こんな大きな仕事に取り組めた原動力 は、自分なりの面白い夢や目標を立てて取り組めたからです。文学に興味があった私は、途中で新しい目標をつかんで方向を変えました。時間がかかってもいい のです。自分が社会のどこで貢献し生き甲斐にしていけるのかを考えて、自分が描く夢や目標を持って欲しいです。その上で謙虚に人と関わり、積極的に情報を 集めましょう。志が大きければ、様々な人や情報が集まってきます。ひとつの達成が次のトライにつながります。失敗があってもそれをバネにしてまた前進して いけるのです。

・・・・・・その後鈴木氏も壇上に戻って、生徒諸君を中心に質問を受けながら、補足説明がされました。始めは何と中3の女子からの質問でした。ビルの屋 上に水田とか、そんな大胆なすごい発想は一体どこから生まれるのか。また建設は無理と周囲には言われる中でそれを乗り越えていく不屈のエネルギーはどこか ら生まれるのかと。またリーダーの要件についてなど次々と生徒、一般の方々から質問がなされ、時間的に残念ながら途中で収めることになりました。
森氏からの返答で、屋上のこうした活用はビルの安定性を増す利点もあること、建設に反対し非難する人達の声も謙虚に傾聴し、その視点も取り入れる努力を 粘り強く重ねたこと、VERTICAL GARDEN CITY(空に希望を。地上に緑を。地下に喜びを。と題するカラーイラストも印象的でした)では、日本の伝統文化や手作業の保存継承も大事な視点にしてい ること、などのお話は特にインパクトがありました。一企業として森ビルが抱える経営課題や中国語の今後の重要性についてのコメントもあるほど、盛りだくさ んなポイントが心に残るお話でした。

最後に仲本学園長から、学園の大先輩である森氏の講演会を実現するまでの「チーム湘南学園」の取り組み、興味深く将来への示唆に富んだ講演への感謝、 メッセージを受けての生徒諸君への激励、などが述べられました。高校生からの花束、同窓会からのペナントが、森氏、鈴木氏などこの日に来園された学園の大 先輩の方々に贈呈されました。また当時の森氏の恩師のおひとりの音楽の小川先生が、この日に高齢をおして参加して下さっていました。先生が編曲を手がけら れた「学園歌」が場内に流れる中で、小川先生にも花束が贈呈され、森氏自ら小川先生の乗る車椅子を押してアリーナを退場されるという感動的な光景で、この 会が終了しました。
その後中高ホールにて、同窓会を中心に全学の懇親会が開かれました。その場に1933年湘南学園小学校入学の第1期生の方が3名もいらしており、紹介が ありました。この場でも新たな感動がいろいろとありました。PTA機関誌水の輪のスタッフの方々による森氏へのインタビューも実現しました。

この大きな善き一日で得た心揺さぶる思いを、学園関係者がそれぞれ糧にして、創立80周年へ向けて力を更に合わせて進んでいけたらと願っています。