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月別 校長通信

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第976回 子ども達のネット依存を考える②

2014年10月22日

昨日の続きです。ネットを介しての人間関係が広がるのは、子どもたちにとって新たな楽しみである一方、たえずそのつながりを確かめないと不安でならない状況に陥ることが基本的に理解されます。子どもたちをめぐる深層心理について土井先生は続けて以下のように追求します。

 

・今日の親子関係は、世代間の意識ギャップが縮小し、「友だち親子」の言葉に示されるフラットな関係になってきた。それは親に一方的に身を任せられず、頼り切れないことも意味している。親の期待に添えなかったり、気に入られないと自分を愛してもらえないのでは、といった不安も募りやすくなっている。

・ネットを介したやりとりは、何か特定の要件を相手に伝えるよりも互いに触れ合うことが主たる目的である。身近な仲間どうしが時間と空間の制約を超えて互いにつながり続けられる閉鎖的なシステムが機能する中で、「既読表示」をいつも気にする疲労に追い込まれる。学校や家庭の人間関係に恵まれない子がネットを駆使して代替の関係を探し、相手からの反応を過剰に気にかけるのは、リアルな関係の欠落感を埋め合わせようとするからである。一方、ネット以外に自分の居場所がある子も、リアルな人間関係を円滑に保つためにネットを駆使する傾向が強まっている。

 

その後、土井先生は1970年代から徐々に進行した価値観の多様化や不登校をめぐる状況など、日本社会の推移について分析します。第三次産業が主流になる中で、労働現場では人間関係の占める比重が増しました。さらに今世紀に入って新自由主義の政策が推進され、社会の流動化が進みましたが、社会のパイは膨らまずにむしろ萎む中で、人びとは現在の生活を何とか死守したいと防御の姿勢を強めたのだと分析されます。

不確実性をリスクととらえ、「無縁社会」の様相を深める中で自分が奈落の底に落ち込まないように、新しい出会いでなくて目先の確実な人間関係を、自分のポジションを守るために、必死になっていったのだと説かれます。

この社会では「コミュニケーション能力」が過度に重視され、その圧力を受けて子どもも大人も「インフラとしての友だち」を守るべく過剰に気を遣いやすくなり、「一人ぼっち」を恐れていると説明されます。社会の流動化が進んで無縁化が不安の源泉になり、コンビニなどの普及で単身者でも生活しやすい社会になって、常に誰かとつながっていないとつらくて、消費の形態も他者とのつながりを幅広く求めるものへと変質したことが分析されます。ニコニコ動画の人気などが例示されています。

土井先生は、「AKB総選挙に起きた異変」を例にあげ、そこにどんな風潮が示されているかを説き、子ども達が「イツメン」(いつも一緒のメンバー)を周囲に張り巡らせる努力を日々続ける心情について説明します。

 

日本人はもともと集団主義的で、“世間の反応”を気にする国民性が指摘されてきました。現在では、その世間からの評価も安定性や一元性を失ったとされます。そうした中で例えば評価基準をネット情報にすがる傾向も強まりました。ネットの書き込みや通販サイトで他者の評価を重視し、推薦商品等にもとびつく風潮があります。

価値観が多様化した現代では、子ども達も学校とは異なった価値観が社会にはいくらでもあることを早い時期から気づいています。その中で自分を評価してくれる仲間の存在が自尊感情を支える最大の基盤になり、仲間からの反応が自分の態度を決める有効な羅針盤と感じられるようになった。だからその関係が崩れるのに不安になり、ネットを介した常時接続から離れにくいのだ、と土井先生は分析しています。(明日へつづく)