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月別 校長通信

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第1015回 転換期を生きる若者とキャリア教育を考える本 ②

2014年12月11日

昨日の続きです。生徒や若者にとって本当に有益なキャリア教育はどうあるべきかをめぐって、『キャリア教育のウソ』(児美川孝一郎著、ちくまプリマー新書)という本の問題提起を大まかに紹介させていただきます。

 

「キャリア教育」という言葉がよく使われるようになって、まだ十数年だそうです。文部科学省が本格的に打ち出し、全国の学校現場で一斉に普及していった経緯が説明されます。若者の就職難が日本の経済と社会の不安や機能不全につながるので、将来への目標意識をテコ入れし、若年雇用問題の深刻化に対処することが企図されていました。大学間の「生き残り競争」でもキーワードとなり、民間業者もこの分野に参入しました。

大学や高校が“就職予備校”の雰囲気を強めた傾向も説明されます。キャリア教育の焦点が職業や就労だけに偏り、単発のイベントのみで学校教育全体の取り組みになっていないのではないか、若者の就労を促すことだけに収斂していいのか、と筆者は問いかけます。

 

終身雇用や年功序列型賃金を軸とした日本的雇用が縮小・解体しつつあり、非正規雇用が拡大する中で、将来の社会では従来のような“標準”コースが確定せず、変転の可能性を含んだ「キャリア」という言葉がもっとふさわしい時代になると予測されます。

キャリア教育とは、人生の履歴において様々な役割を引き受けながら成長し、すべての経験を自分の中に統合していける力量を形成するのに役立つ教育、と筆者は規定しています。

キャリア教育は、学校教育の「領域」というより「機能」であり、教育課程の全体で直接的、間接的な働きかけが関わり合って展開されるものだと説明されます。

 

しかし従来のキャリア教育は、狭過ぎる理解がまかり通ってきたと指摘されます。まず①“自己理解系”で「なりたい自分」や「就きたい職業」を考えさせ、②“職業理解系”では職業調べや講話の受講やインタビュー、職業体験(インターンシップ)に取り組み、③“キャリアプラン系”では「10年後の自分」「27歳の私」などを想像させ、自分の将来年表を書かせたり、上級学校のリサーチをさせる、こういったパターンが主流になったと説明されます。

けれども“自分の夢・やりたいこと”を描かせても、生徒があげる「就きたい職業」はごく限られた専門職に限られ、ずっと生涯変わらぬスペシャリストだけが期待される。しかし実際の大多数の仕事はたとえば会社員になってもなかなか確定せず、ジョブ・ローテーションも頻繁にあります。高校生では「なりたい職業」があると回答できるのは約半数であり、アルバイト経験もほとんどはサービス業の接客や販売の範囲です。やりたい仕事を見つけさせてもその選択の根拠は底が浅い可能性が強いと指摘されます。

それよりもたとえば現代の産業構造がどうなっていて、職業構成がどう変化し、仕事の実態がどんな現状にあるのか、グローバル経済の影響はどうか等についての理解を深める学習がずっと大切だと唱えられます。自己理解と職業理解の往復関係、学習の繰り返しが求められると述べられます。

 

筆者は、「キャリア・アンカー」と「キャリア・アダプタビリティ」の概念を提示します。前者は個人の職業生活における“錨(イカリ)”に当たる軸で、転職を繰り返してもその根っこで通じる価値観を指し、後者は職業生活上の変化、いざという時の準備と対処能力を指します。

ある「課題集中校」の高校で厳しい就職難に直面した生徒達に接して、“夢追い型のフリーター”になるのを心配する教員の話があり、「俗流キャリア教育」への痛烈な疑問を示しながら、職業や仕事の根っこにある「価値観」や「自分の軸」を育む教育こそが大事なことが説かれます。

若い人たちには「やりたいこと」だけに注目するのでなく、自分の「やれること」、現在の社会の中で「やるべきこと」にももっと目を向けさせ、就労とは自分の仕事を通じて社会に参加し、貢献することなのだとの意識を強く持ってほしいと述べられます。

情報化が進み、必要な情報へのアクセスは便利な世の中になり、産業と労働の現実をたくさん知り、様々な仕事のロールモデルと情報媒体を通じて、時には直接に出会って学ぶことができます。それと自己を見つめる作業との往復の中で、現実味を持った「やりたいこと」について、「やれること」と「やるべきこと」のバランスの中でつかむことが出来るのではないかと説明されます。

 

その後筆者は、キャリア教育の中心として大流行した職業体験・インターンシップについて、急速に普及した経緯を説明し、その経験を役に立ったと評価する若者が意外なほど少ない結果に注目します。

それは一過性のイベントになってしまい、事前・事後の学習があまりに不足して、その仕事をめぐる背景や課題などに目を向けるような振り返りや補充の学習に欠けていることが指摘されます。体験内容も受け入れ先の現場しだいになり、ごく狭い範囲の見聞に過ぎなくなることもあると指摘されます。

職場体験での気づきや学びをその後に深められるような学習活動を学校の教育課程全体の中で編成している事例も紹介され、進路指導・学習指導・生活指導が相互につながって相乗効果をもたらす構造にこそ、その学校の「キャリア教育」が成立しているのだと指摘されます。

やや難しい内容も含みますが、大切な提起が続いています。今日はここまでとし、明日の通信でまとめさせていただきます。