第584回 これからの日本~地域に根ざした生き方と仕事

2012年12月11日


 地味な内容ながら、先見性の深い書物に出会いました。東日本大震災を経たこれからの日本で、生徒諸君が将来の生き方と仕事を選んでいく上で、大人から助言をしていく上で、参考になる視点の多い好著と思われ、紹介いたします。

 『地域を豊かにする働き方~被災地復興から見えてきたこと~』(関満博著、ちくまプリマー新書185)という本です。目次をあげてみましょう。

第1章 震災で鮮明化した「地域」の大切さ~成熟社会の私たちのあ
    り方~
第2章 岩手県大槌町 津波災害と地域産業~すべてを波にさわられ
    た町で~
第3章 福島県浪江町 原発災害と地域産業~避難する中小事業者の取り組み~
第4章 茨城県日立地区 地震災害と地域産業~近くの異業種、遠くの同業種の交流~
第5章 地域産業と私たちのこれから

 筆者はあの日、岩手県釜石市のホテルで午後3時からの講演会の打ち合わせをしていました。筆者は40年以上、全国各地で産業の振興や中小企業の育成のお仕事をされ、岩手県各地にも深いつながりをお持ちでした。
 人口の減少と少子高齢化、若者の流出に悩む地方の人びとが、必死に企業誘致に取り組み、地域資源を見直した産業化に向けて歩む様子を取材し、企画やつながりを支援する活動に関わってこられました。
 大震災の被災地の大半は「条件不利地域」であり、日本が上り坂だった戦後復興の時代とは対照的な厳しい環境の中で、今後の日本全体の課題を予見させる舞台でどのような努力が始まったのか、どんな可能性を切り拓いていけるのかを追究されます。被災地の人びとの「思い」の深さにふれ、愛する地域が再び自立できるよう、安心・安全の暮らしを求めて協力し働く人びとの姿を追っていく著作です。

 大槌町、浪江町、日立地区。取り上げた地域いずれもで、働く住民と企業の固有名詞にあふれた本です。たとえば漁師や女性がネットも利用して漁業資源に付加価値を高める新たな事業を起こします。水産加工に関連する広域で企業の連携のネットワークが力強く形成されます。東京から進出していたアパレル会社が5月には生産を再開し、地元商店は急いでショッピングセンター再開にこぎつけます。加工品販売・漁村レストラン・広く融資を呼びかけた中小水産加工業者の連合などが紹介されます。
 被災を免れた機械金属系のモノづくりは驚くほど早期に生産を再開し、多数の雇用を守りました。復興の過程では、建設業や運輸業にまず需要がありますが、飲食業もすぐに再開され、避難地でも展開されます。避難住民の暮らしを支える小売業やサービス業も大切になります。全てを失って避難地で再開される製造業の例も固有名詞で詳しく紹介されます。困難を乗り越えて事業を再開する中小企業のドラマは地味ですが感動的です。
 また電子部品や工作機械を供給する中小企業の間に、強力な相互サポートの関係のネットワークが育っていることも知ります。若手の経営者がスクラムを組み、後継者を育てています。大震災の1週間後には生産を再開する気迫と助け合いに心をうたれました。日本で仕事をしていく以上、災害と向き合うのは必至ですが、地域内・地域間のネットワークが育っている姿に希望を持つことでしょう。

 地域の主役として住民の暮らしを視野に入れ、多様な物財やサービス、そして雇用の場を提供していくさまざまな姿が基調です。大震災復興の過程を通して、地域と産業をめぐる新たな可能性も見えてきたこと、まだ予見できない新たなビジネスが今後続々と登場し、情報化を生かして「地域資源の高加価値化」を目指す仕事の発展が期待されること・・・・・・筆者が力説する観点です。

 その活性化のために新たな枠組みを形成していく強い意志を胸に抱いた人材の登場を、関先生は期待します。筆者が大学で出会った二人の大学生の目的意識とその後の生き方の事例は感動的でした。
 大震災を経た日本のさまざまな現場で、「アジア」「豊かで高齢」「IT」「環境」のキーワードをから構成される「連立方程式の時代」に、「人の姿の見える地域」を媒介に新たな価値観を持って働いていく新たな世代の意志に期待する、と関先生はまとめられていました。
 書店の新書コーナーなどで、手にとってみて頂けたらと思います。