第599回 教室内の生徒達の人間関係を考える本

2013年1月12日

 今日は、冬休みに読んだ印象深い本のことを紹介します。
 『教室内・スクールカースト』(鈴木翔著、光文社新書616)という新刊で、筆者は東大大学院で教育社会学を専攻する若い研究者です。
 28歳の鈴木氏の主な研究テーマは「中高生の交友関係」ということです。斬新な書名にも惹かれて購入し読んでみました。

 教室の中には、上位のグループから下位のグループまで形成される。教室ではしゃぐことも牛耳ることも出来る生徒がいれば、からかいや嘲笑に耐えて生活する生徒もいる。「クラスカースト」は小学校から生じ、中学~高校のクラスでは、お互いを値踏みしランク付けするヒエラルキーが成立する。いじめや不登校の問題が広範に起こる背景にもこの人間関係の構造がある。このメカニズムをまず実証的に分析する必要があるのではないか。・・・・・・以上が、筆者の問題提起の概要です。

 現役の大学生達に、過去の学校生活(小・中・高)の経験を語ってもらいます。大人が考えるより複雑でそれなりのルールがあり、そこを生活していく苦労や模索があったことが浮かんできます。
 大人目線からも「スクールカースト」の世界の分析が試みられます。生徒達の人間関係に介在できる学校の教員が児童や生徒に与える評価や影響が、また生徒の自己意識や学校生活のあり方に大きな影響を与えます。マンガや小説の世界に見る序列ランクの様相も参照されます。神奈川県の公立中学生を対象に行った大規模アンケートの結果、現役教員を対象にしたインタビュー調査(こちらは少数の例)も参照されながら考察が進められます。

 登校に伴う息苦しさ、いじめの成立に関わる生徒集団の特性、「上位」の風景と「下位」の風景および各グループの生徒の特徴、教員が「スクールカースト」を肯定し利用しながらクラス経営をする傾向など、注目すべき指摘が続きます。年齢的にも生徒に近い著者は、教室内の生徒達の間にある微妙な「空気」を対象化し、「格付けし合って生活する」姿を描いていくのです。
 「カースト」と形容できる上下関係、その「地位」に見合った行動する生徒達、所属する部活や成績ランクとの関係、学年進行やクラス替えを経ても変わり難い序列。実は大人達の社会にも実はこうした「格付け」があふれていないかと提起されるのです。特に若い読者は、これらの指摘にどこまでリアリティを感じるのか、感想を聞きたくなります。

 筆者が述べるように、この書は参考データがまだ乏しく、「スクールカースト」研究についての知見は「パイロットスタディ」の域を出ておらず、今後より精緻な検証が必要でしょう。生徒、教員、保護者に対する現在の助言はまだ深みに欠けるとも感じられました。
 それを補うのは筆者の指導教員である、本田由紀教授の最後の解説です。
 生徒達の間で徐々に酸欠状態が悪化するような日常の根源に、毎日顔を合わせ長い時間を過ごす教室内の人間関係があるならば、それを検討の俎上にのせることに大きな意義があること、「スクールカースト」問題は「いじめ」問題の培地になっている難題であることを改めて指摘します。
 「スクールカースト」現象について生徒はそれを「権力」と感じ、教員はそれを「能力」と解釈し、特に上下関係も利用して教室内の秩序を維持する傾向の指摘に注目します。聴き取りとアンケート調査のデータを駆使して生徒間の「地位」現象に肉薄したこの書の意義を述べた上で、本田教授は教室や学級制度の構造にもっとメスを入れるとともに、こうした振る舞いが大人の日本社会の至る所にも見られるもので、より広い社会的な素地を踏み込んで問う必要もあるのではないかと問いかけていました。
 職場のパワハラ、ブラック企業、社会的弱者へのバッシングなどが頻発するメカニズム、日本社会と他の社会との比較検討など解明されるべき課題が提示されていました。個人の尊厳をより大事にする社会をどう築いていくかの根本的な課題につながることです。

 この研究はまだ途上にありますし、もっと分析や議論が必要なテーマでしょう。それだけに現役の中学生高校生達、もちろん在校生の諸君にも幅広く読んで考えてみてほしい、率直な意見を聞かせてほしいなと思われました。公立と私立の違いも共通することもあるでしょう。地域や学校ごとの差異ももちろん指摘されることでしょう。教員そして保護者の皆様にも幅広く一読をお勧めしたい問題提起の書でした。