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変わらないために変わり続ける

2016年8月30日

 今月で一番印象に残っていることは、やはり、アメリカへの視察旅行です。
 八月七日から十四日まで、「米国ワールドランキングトップ大学視察旅行」に本学園から参加し、ハーバード大学、マサチューセッツ工科大学、スタンフォード大学、カリフォルニア大学バークレー校を始めとする大学、さらには高校を訪問してきました。

 現地では、各大学の入試担当者(いわゆるアドミッションオフィスの担当者)の説明、キャンパスツアー(案内役はほとんどが学生でした)、それぞれの大学で学ぶ学生あるいは日本からの留学生の話、さらには講演やパネルディスカッションまでをも含む中身の濃い視察旅行でした。
 

スタンフォード大学キャンパス

 今回の旅行を通じて、アメリカの大学、高校の教育内容について、さらには、入試制度について、また、意欲的にそして挑戦的に学ぶ院生、大学生及び高校生の姿勢について等、見聞を広めることができました。同時に、グローバル教育について、さらにはグローバル教育の本質について、学び考えることの多い旅でした。併せて、視察旅行にご一緒した全国の先生方との会話や、同行案内いただいた方々との交流から学ぶことも多々ありました。 

 旅行をとおして感じたことについてキーワードを挙げながら三点に絞って書いてみます。
 
 最初は、「passion」と「ambition」です。
 今回の視察旅行をとおし、企画会社アイエスエイの代表で引率役の倉橋勝氏の話や生き方、さらにアメリカの学生、日本人留学生等から感じたことを表現する言葉は、passionとambitionです。夢をもつ、情熱をもって取り組む、挑戦する、そのことの大切さを改めて感じました。passionとambitionの先に「新たな世界との出会い」があり、「新たな自分との出会い」があるはずです。「新たな世界と出会う」「新たな自分と出会う」ためのキーワードがpassionとambitionのような気がします。そして、このキーワードは、湘南学園にとって大事な言葉であり、子どもたちはもとより私たち教師も大切にしたい言葉であると改めて思っています。

スタンフォード大大学院に留学中の日本人学生の講演から

 二つ目が、「グローバルスタンダード(世界標準)」と「リベラルアーツ(教養教育)」です。

 今回の視察旅行でしばしば登場した言葉に「グローバルスタンダード(世界標準)」と「リベラルアーツ(教養教育)」があります。このふたつのキーワードはアメリカのみならずヨーロッパにおいても大切にされています。世界標準に照らして日本の教育をあるいは湘南学園の教育を見直すことが今後求められてくると思います。
 
 最初に「グローバルスタンダード(世界標準)」について簡潔にふれます。

 湘南学園はロータリークラブの交換留学生制度で一昨年度、昨年度と留学生を送り出し、また留学生を受け入れました。(一昨年度はブラジル、昨年度はスウェーデンでした。この9月からは本学園生がフランスに留学し、フランスからの留学生を本学園で受け入れます)

スウェーデン留学

 私は、この7月に一年間のスウェ―デン留学を終え帰国した渡部ゆうさんのスウェ―デン留学中の詳細なレポート、さらに帰国後全校生に行ったプレゼンテーションに感銘を受けました。渡部さんのレポート、プレゼンをとおし、渡部さんがまさに世界標準の学びを経験してきたことを実感しました。また、この7月まで一年間本学園で学んだスウェ―デンからの留学生ソルベ君から、世界標準の学びの一端を知った生徒も多いかと思っています。
 「グローバルスタンダード(世界標準)」というと難しそうですが、同世代の世界の若者と交流することにより、世界標準にふれることができ、またその意義を感じることができると思っています。もちろん、IB(国際バカロレア)の理念にみられる学びのあり方は、まさに「グローバルスタンダード(世界標準)」ということで、今後大事にとらえていきたい学びのあり方と思っています。

 もうひとつの「リベラルアーツ(教養教育)」についてです。
 今回訪れたアメリカの大学、高校いずれにおいても「リベラルアーツ(教養教育)」が大切にされていました。幅広い学びに根ざした教養、それを育む教養教育。専門的な学びに進むためには不可欠であり、豊かな学び、専門分野における深い学びの前提として「リベラルアーツ(教養教育)」が大切であることを改めて感じています。

ウェルズリーカレッジ
(ヒラリー・クリントンの母校)

 これからは、いわゆる文系、理系といった枠を越えた学びが一層重要になるはずです。
 物理学や化学を学ぶ人が文学を学ぶこと、あるいは政治学や歴史学を学ぶ人が数学を学ぶこと等は、これからの学びにおいてより重視されていくものと考えています。

 湘南学園の建学の精神は全人教育にあります。そして全人教育は、「グローバルスタンダード(世界標準)」や「リベラルアーツ(教養教育)」と密接につながっています。その点を自覚しながら、幼小中高の学びを考えるところに、今後の本学園の教育の方向性があると感じているところです。
    
 三つ目は、日本の教育(教育文化)の長所と欧米型の教育の良さをどうつなげるかということです。
 日本の教育の長所である「勤勉さ」や「忍耐力」や「思いやり」等に加え、欧米で大切にされる「発信力」や「構想力」を結びつけるところに、今後の教育のあるいはリーダー育成の鍵があるように、今回の視察旅行をとおして考えています。ここにも、本学園が育てたい生徒(児童)像へのヒントがあるように思っています。
 

アマーストカレッジ
(新島襄が学んだ大学)

 今月印象に残ったもうひとつの出来事として、十年来行きたいと思っていたある温泉旅館に行ったことが挙げられます。この旅館の話をするには若干の前置きが必要なので、その話から始めます。

 平成19年4月に私は県立湘南高校校長に就きました。当時の湘南高校は、全日制、定時制、通信制の三課程からなる学校でした。さらに通信制には、一般枠で入学する生徒に加え、横須賀にある陸上自衛隊少年工科学校(現高等工科学校)で学びかつ湘南高校通信制に在籍し、湘南高校を卒業する生徒がいました。少年工科学校としての入学式、卒業式があり、その式には、必ず湘南高校の校長が招かれていました。

 平成19年4月の少年工科学校入学式の時でした。控室で隣に座った方が、県内のある金融機関のトップの方でした。その方が次のようなことを言われました。「長年企業の盛衰を見てきた。つぶれる企業があれば、永続する企業もある。長年見てきて言えるのは「文化」を変えた企業が駄目になるということだ」。十分には理解できないままにお話を伺っていました。

 その方はさらに続けて言われました。「関東近県に、ある温泉旅館がある。山の中の一軒家だ。周りには本当に何もない。しかし、その旅館を訪れる人は引きも切らない。なぜあんな所に人がたくさん行くか。しかもその旅館は千数百年続いている」。私も話に引き込まれていきました。
 「『文化』を変えるとだめになる」。「『文化』を変えずに『文明』を変えることが企業永続の秘訣だ」。その旅館も文化を変えずに文明を変えているというのです。私は、「『文明』とは何でしょうか」とその方にお尋ねしました。即座に、「技術とサービスである」と答えられました。
 

歴史のあるハーバード大学

 私は学校づくりにもヒントを得た思いでした。その学校のもつ建学の精神等に基づく学校文化を大切にしつつ、時代に合わせたあるいは次の時代を睨んだ新たな考え方や教育方法等の導入を図りながら、未来を創る子どもたちを育てること、それが私なりに受け取った「文化を変えずに文明を変える」という意味でした。

 偶然に初めてお会いしたその方のいわば問わず語りのようなお話は、私にとって誠に得難い財産となり、その後の学校経営において、あるいは、教育活動において大切な指針となっています。

 その温泉にやっと行くことができたのです。確かにローカル線の駅から迎えのバスがノンストップで1時間、山奥の一軒家の温泉です。創業千三百年余り、世界最古の温泉旅館としてギネスブックにも登録されているということです。現在の当主は52代目ということでした。
 ぜひお話を伺いたいと思っていた当主(社長)にはお目にかかれなかったものの、「文化を変えずに文明を変える」という言葉の一端が窺えるような気がする温泉旅館でした。大切にすべきものを頑なに守りながら、少しずつ何かを変えている、そのような旅館であるという確信をもち、もちろん大いに満足してその旅館を後にしました。

 冒頭のアメリカ視察旅行に戻ります。今回成田からサンフランシスコ、ワシントンから成田、いずれの航空機もANAでした。ANAには『翼の王国』という機内誌がありました。私は東北(山形)新幹線に乗る際には、『トランヴェール』というJR東日本発行の車内誌を楽しみに読んでいます。今回ANAで手にした『翼の王国』は、新たな発見のようでもあり、頁数、内容共に充実した同誌を興味深く読みました。
 『翼の王国』(August 2016)に生物学者福岡伸一氏が鈴木大拙について書いた文章がありました。鈴木大拙が世界的に著名な仏教哲学者であることはご存じのとおりです。
 福岡氏は、その文章で鈴木大拙の禅の思想について言及した後、ご自身の専門である生物学との比較の中で、次のように述べていました。

私たちが生命を生命として認めるとき、生命の息吹を感じるとき、それは生命に自己複製機能だけを見て取るからだろうか。そうではない。・・・生命は、たえず流転し、変化し、可変的で、美しいものだ。・・・「生命とは遺伝子を自己複製するシステムである」という機械論的生命観にどっぷりと浸かって、ひたすら細胞と遺伝子を切り分けていた私は、あるときそのような反省に目覚めた。・・・そこから私の探求は始まった。合成と分解を繰り返しながらもバランスを絶えず更新しつづけるもの、つまり動的平衡として生命現象を考えたい。・・・動的平衡を一言で言えば、生命は、変わらないために変わり続けるということ。なんだか本当に禅問答みたいである。しかし、生命は(大きく)変わらないために(絶えず、少しずつ)変わり続けているという意味だ。すこし言葉を補えば腑に落ちるところがあるのも公案に似ていると言えはしまいか。

(『翼の王国(August 2016)』所収,福岡伸一「トランス・ジャパン,シス・ジャパン Daisetz SUZUKI」より)

 「生命は、変わらないために変わり続ける」、「生命は(大きく)変わらないために(絶えず、少しずつ)変わり続ける」
 アメリカへ向かう途中の機内で『翼の王国』を手に取り、この文章に出会った時には、大きな衝撃、それは大きな収穫と言い換えてもよいのですが、そのような感を抱きました。生物学には全く門外漢の私にも福岡氏のこの言葉は、説得力をもって届きました。

 学校もある意味で生命体ととらえることができるかと思います。上記の福岡氏の言葉は「(絶えず、少しずつ)『変わり続ける』ことにより、『変わらない』ことが可能になる」、と読み替えることもできます。読み替えるにせよ、読み替えないにせよ、福岡氏の言葉は、「文化を変えずに文明を変える」にも符合するように思えます。

湘南学園

 「文化を変えずに文明を変える」、「生命は、変わらないために変わり続ける」。両者は底流でつながっており、湘南学園の今後に貴重なヒントを与えてくれる言葉(考え方)のような気がします。

 湘南学園の良さを大切にしながら、何をどのように取り入れるか。今回米国視察旅行で学んだことも、取り入れることに十分値する内容が含まれているように思っています。

 アメリカ、そして山奥の温泉も含め、私にとって収穫の多い2016年8月でした。