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昨夏と今夏

2017年8月30日

(1) オーストラリアで考えたこと

 昨年の夏には、米国トップランキング大学視察でスタンフォード大、ハーバード大、MIT等を訪問し、貴重な学びを得たことを本欄で報告しました。

 そして、今年の夏は、本学園が姉妹校として十年近く交流をもっているオーストラリアのメルボルン近郊にあるノックス校(The Knox School)を訪問するという機会をいただきました。

 ノックス校は、本学園の「オーストラリアセミナー」において、本学園中高生が短期、中期、長期の滞在プログラムでお世話になっている学校です。また、ノックス校の生徒は、毎年、「ジャパンツアー」の一環として本学園を訪問しています。オーストラリアでは学園生徒が相手校のご家庭でホームステイをお願いし、ノックス生の来日の際は本学園のご家庭で受け入れているという関係にあります。

 今夏は表敬訪問ということで中高校長とともにお伺いし、アラン=ショー学園長始めノックス校の関係者の皆様にご挨拶をし、またノックス校の施設をご案内いただき、加えて教育内容についてのご説明をいただきました。
 
 ノックス校は、メルボルン空港から車で約一時間程の位置にあります。幼稚園から高校までの総合学園という点で、本学園と極めて似ている学校と言うことができます。ノックス校について言えば、何よりも広大な敷地と整った施設に特徴があり、少人数制という点にも特徴があります。少人数クラスの特徴を生かしながら、双方向性を重視した授業が行われています。オーストラリアは季節がわが国と逆で真冬ということもあり、この時期は通常の課業中でした。本学園から「オーストラリアセミナー」に参加している生徒の授業も含め、幼稚園から高校までの授業の一部を見学することができました。その中で、子どもたちの個性を重視しながら、子どもたちの力を引き出すための様々な工夫がなされていることが窺えました。

 先生方の連携・協力が密であるということ、併せてゆとりをもって過ごされているということも感じられた点でした。午前の途中にコーヒーブレイクがあり、和やかに寛ぎ、次の授業に向かっていました。あるいは、週単位で定期的に活発な話し合いが重ねられていることも伺いました。実際に、話し合いの場面を拝見することができ、活発な話し合いの様子を実感することができました。また、先生方が放課後も含め、リラックスしながら会話を楽しんだり、教育についての話を交わしたりという時間を大事にしているのも印象に残ったことでした。

 ノックス校の特徴のひとつに、芸術、特に音楽を大切にしていることが挙げられます。

 今回「オーストラリアセミナー」に参加した本学園生は、ノックス校のコンサートホールにおけるウェルカムレセプションにおいて、管弦楽の演奏で歓迎されたと聞いています。ノックス校では全ての子どもたちが、何かしらの楽器を演奏できることを目指すカリキュラムが組まれていました。そのために、当然のことに、音楽の先生が数多くいます。実際に音楽室での先生のお話やその設備から、音楽教育に力を入れていることが十分に理解できました。

 音楽とは少し違いますが、自己表現あるいは演劇を大切にしているということも興味深く受け止めています。

 音楽あるいは演劇をノックス校のように取り入れるのは難しいかもしれませんが、本学園の教育においても、その要素を一部でも取り入れることは、研究すべき意義があると感じてもいます。

 授業に関して、例えば、幼稚園における一人ひとりの子どもたちを大切にしながら、伸び伸びと展開される授業があり、一方で、高三生においては、自主性が十分に取り入れられた時間割が作成され、その時間割による授業が行われていました。ノックス校には、高三生だけが身につけることのできる特製のブレザーがあります。そのブレザーを着た高三生からは、誇りと自信が窺え、どことなく大人びた印象を受けました。こうした教育活動の積み上げにより、ノックス校では、出口(大学進学)においても顕著な実績を出しているということもお聞きしました。
 
 三日間という短い滞在でしたが、学ぶことは大きなものがありました。

 昨夏の米国大学視察でも感じたことですし、今後の本学園を考える上で私が大切に考えている三つの柱「世界標準」、「リベラルアーツ」、「多様性と共生」が、ノックス校においても重視されていると感じました。当然のことではありますが、湘南学園が長年の教育活動により培ってきた良き点を大事にしながらも、上記の三つの柱を今後の学園の教育活動に生かしたいということになります。

 「世界標準」は改めて申し上げるまでもないと思いますので、ここでは、残り二つに簡潔にふれます。

 「リベラルアーツ」について、今回「オーストラリアセミナー」に参加した生徒が次のような感想を本学園「学びブログ」に寄せてくれました。

オーストラリアの授業を見ていると、それぞれの科目ごとの授業の中に、様々な教科の内容が組み込まれています。先生方に聞いてみたところ、オーストラリアの学校では一つの内容に対して複数の教科の視点をもってアプローチをするそうです。一つの科目を教えるのに常に複数の科目の教員が議論して授業を組み立てていくそうです。日本とオーストラリアの教育の違いにとても驚きました。

 オーストラリアの教育についての重要なそして興味深い指摘ではないでしょうか。こうした生徒の感想は、オーストラリアの教育、言い換えればノックス校の教育が、「リベラルアーツ」につながることを示す証であると思っています。
 
 「多様性と共生」にもあるいは関連しているように思ったことに、オーストラリアで出会った方々の穏やかで親しみを感じる人間性があります。短い滞在期間の中で、お会いした方も限られていることは十分承知の上ですが、確かに、上記の印象をもったのは事実です。

 その理由として、オーストラリアという国が多民族国家、多文化共生社会であるということにあるのではないだろうかということは一つ考えた点です。

 関連になりますが、以前勤務していた高校の卒業生で、学部時代にオーストラリアに留学した経験をもつ方がいます。その方から、この夏にメルボルン大学大学院に入学し、「日本語教育と多文化共生」をテーマに研究を開始したという連絡をいただきました。ノックス校訪問後に、オーストラリアでの私の感想をメールで伝えたところ、「オープンマインドで心温かな人が多い」という表現も含め、オーストラリアの良さや魅力等、私のオーストラリア観に肯定的な返事をくださいました。

 あるいは、私の知人で、世界遺産を中心に世界中を旅行している方からも、オーストラリアは人々が温かいということを伺いました。
また、メルボルン空港からノックス校まで、往きと帰りに車でお送りいただいた日本人ガイドの方が、「四十年住んでいるがこんなに住みやすい、いい町はない」と言われていました。事実、世界の人々が住みやすいナンバーワンの町にメルボルンが何度も選ばれているのだそうです。

 私のオーストラリア観は、狭い見聞からの感想なのかもしれません。それは措くとして、「多様性と共生」は、ノックス校においても大事にされていることが窺えましたし、今後の世界における大切な柱であると考えています。
 
 オーストラリア滞在中、常ににこやかに同時にエネルギッシュにご案内とご対応をいただき、授業も見せていただいたティナ先生には、本当に多くを学ばせていただきました。感謝の気持ちで一杯です。
 
 ティナ先生にノックス校をご案内いただいた三日目、私にとっては忘れ難い思い出ができました。

 ノックス校を訪問するにあたり、挨拶については英語の短いスピーチを用意していました。訪問する直前になり、スピーチだけではなく、折角の機会に挨拶に加えて何かできることはないだろうかと考えました。そして浮かんだのが、ハーモニカでオーストラリアの人なら誰でも知っている歌を演奏しようというアイディアでした。

 小学校の頃に習ったハーモニカは、今もたまに吹くことがあります。オーストラリアの人が知っている歌に「ウォルチング・マチルダ」があると気づき、これだったら演奏できそうだと急遽練習をしていきました。

 訪問三日目に、Year6すなわち小学校六年生の授業の際にティナ先生から「演奏してください」という言葉をいただき、演奏しました。演奏を終え拍手をいただくと、ティナ先生から「もう一回演奏してください」との声。言われるままにハーモニカを吹き始めると、小学生がハーモニカに合わせて合唱してくれたのです。全員よく知っている歌で、大事にしている歌ということでした。元気に力一杯歌ってくれる小学生には私が感動を覚えました。これ以上はない思い出をつくっていただいたことに感謝しています。
 
 個人的な思い出はさておき、昨夏そして今夏と外国に行かせていただき、教育機関を訪問し、今後の教育について学ばせていただいたことは貴重な財産になりました。昨夏と今夏の経験を今後の学園づくりにぜひ生かしていきたいと思っています。
 

(2)イェール大学男声合唱団の湘南学園における公演

イェール大学

 イェール大学は、ご存知のようにアメリカのアイビーリーグに所属する名門大学です。米国の大学で最初に創立された大学はハーバード大学。1701年に創立されたイェール大学は、米国では三番目という古い歴史をもっています。各界に活躍する卒業生も数多くかつ多彩です。近年の大統領だけをとっても、フォード大統領、ブッシュ大統領(親子)、ビル=クリントン大統領は、大学院も含めいずれもイェール大学の卒業生。ノーベル賞も、イェール大学卒業生は驚くほどの受賞者数を出しています。アメリカを代表するというよりも世界を代表する名門大学といってよいでしょう。
 
 7月29日、湘南学園小学校ホールを会場にイェール大学男声合唱団公演が行われました。今回公演をお願いしたのは、イェール大学ウィッフェンプーフス合唱団です。同合唱団は、イェール大学にある学内の多くの合唱団から三年生終了時に選考試験を受け選抜されるそうです。選び抜かれた14名のメンバーからなるのが同合唱団です。実力は折り紙つきのウィッフェンプーフス合唱団は、1909年に創設されています。ということは百年以上の歴史をもつ合唱団ということになります。以来、毎年メンバーを替えながら世界ツアーを行っています。
 
 世界ツアーの中には毎年日本訪問が予定に入っており、同合唱団の湘南公演は今年で25回目になるということです。

 湘南公演に関しては、例年、ロータリークラブの方々を始めとするイェール大学合唱団湘南歓迎実行委員会が中心となり、準備・運営に当たられています。
 
 実はここで昨夏の話が関係してきます。

 今年の公演に先立つちょうど一年前、都内で企業を経営されている本学園卒業生の方が主催されるパーティにお招きをいただきました。たまたま同じテーブルにご一緒した方と話を交わしていたところ、その中に、イェール大学男声合唱団湘南公演の中心的役割を担っておられる方がいました。その方がおっしゃるには、「来年、可能であれば、イェール大学男性合唱団の公演を湘南学園で開催できないだろうか」というお申し出でした。伺うとその方も湘南学園のご出身であるとお聞きしました。私は、率直に言ってその時はやや混乱してしまいました。「あのイェール大学の合唱団が湘南学園に来てくださる」、一瞬ではありましたが、信じられない思いでした。それは、こんなことがあってよいのだろうかといううれしさのあまりの驚きであったと思います。すぐに、その方に「ぜひお願いします」と申し上げたのは言うまでもありませんでした。そして、その方を始め多くの皆様のお力添えで、今夏、7月29日の公演に至ったということになります。
 
 先月号で「セランディピティ(幸福な偶然)」ということを書きました。「イェール大学男性合唱団の公演のお申し出」は、「セランディピティ(幸福な偶然)」以外の何者でもないと思わざるを得ません。
 
 そして、公演当日です。前日から、イェール大学合唱団湘南歓迎実行委員会及び本学園教職員による準備、さらには椅子並べ等には生徒の協力もあり当日を迎えることになりました。 

 当日に向けては、学園関係の方々(PTA、同窓会、後援会)のご支援、さらには地域の方々のご協力も含め多くの方々のご理解により、400名をこえるご来場者をお迎えすることができました。そして、素晴らしい歌声を堪能させていただくことができました。本当にありがたいことでした。
 
 この公演に関しては、公演に先立ち、本学園カフェテリアで行われたイェール大学学生と本学園生とのランチ交流会もまた貴重な得難い場となりました。

 交流会には本学園卒業生13名、在校生18名が参加しました。卒業生に関しては、ロータリークラブの交換留学生として外国で学んできた経験のある方、あるいは本学園の海外セミナーに参加した方を含め、英語に堪能な卒業生が多数参加してくれました。参加者の中から、卒業生代表二名が、見事な英語での司会を行ってくれました。

 ランチ交流会では、スピーチ、本学園合唱部の皆さんの合唱及び独唱、卒業生によるピアノ弾き語り等が披露されました。

 昼食を食べながらの交流は、和やかな中に進行し、時間が経つにつれて、相互の会話も弾むようになりました。交流会の最後の方では、イェール大学男声合唱団の合唱も披露されました。このように、貴重な得難い交流会を持つことができたのは誠に幸福としか言いようがありません。
 
 米国のみならず世界を舞台に今後活躍するであろうイェール大学学生と交流することができるのは、生徒の成長にとって貴重な機会となると今回の交流会を通じても確信しています。次年度以降も、本学園での公演をお願いしており、今後、イェール大学男声合唱団の本学園での公演、そして本学園生とイェール大学学生との交流は、学園の発展にも大きく寄与するものと期待しています。
 
 昨夏いただいた出会いが、今夏の公演につながったことに感謝しています。イェール大学との素晴らしいご縁をいただいたことに関係の皆様に心よりお礼申し上げます。
 

(3)平尾昌晃氏を悼む

 湘南学園ご出身で、わが国を代表する歌手そして作曲家としてご活躍された平尾昌晃氏が、誠に残念なことに、本年七月二十一日にご逝去されました。

 謹んで哀悼の意を表しますとともに心よりご冥福をお祈り申し上げます。
 
 平尾昌晃氏の歌手として作曲家としての素晴らしいご活躍は当然のことに存じ上げておりました。また、湘南学園のご出身であるということも伺っておりました。

 昨年四月に学園長に就き、限られた回数ではありますが、直接お目にかかりお話をさせていただく機会をいただきました。私が今も思い浮かぶのは、いつも笑顔でいらっしゃったこと、湘南学園を本当に大事に思っていただいたこと、温かなお言葉をいつもかけていただいたことです。

 わが国の歌謡界においても偉大な方を失ったということになるかと思いますが、湘南学園にとってもかけがえのない素晴らしい方を失ったという思いで一杯です。

 平尾昌晃氏に深甚なる感謝の意を表しながら、昨年七月の「折々のこと」に書いた文章の一部を再掲し、在りし日を偲ばせていただきたいと思います。 
 
 「七夕の七月七日、「七夕」で有名な平塚を舞台に、平尾さんが主催される「認定NPO法人ラブ&ハーモニー基金」による福祉コンサートが開催されました。平尾さんと福祉との関わり、あるいはこのコンサートについては、本学園「中高「校長通信」」に詳しく記してありますので、よろしければそちらもご覧いただければありがたく思います。

 そのコンサートに本学園中高の合唱部も参加することになりました。平尾さんはお忙しいスケジュールの合間を縫って合唱部をご指導されるために来園してくださいました。笑顔の平尾さんが後輩の合唱部員にかけてくださる温かなアドバイスは、合唱部員の勇気となり自信となったように、見ていた私には思えました。本番での合唱部の堂々たるそして見事なハーモニー、平尾さんのご指導の大きさを感じた次第です。

 レッスンが終了した後、平尾さんにゆっくりお話を伺う時間をもつことができました。その際に、平尾さんから思わぬエピソードを伺いました。それは平尾さんが、「僕は卓球が得意だった。中学の時優勝したことがある」というお話でした。『湘南学園 五十年の歩み』には、昭和26年度の項に、8月10日「市内中学校卓球大会参加 中2平尾昌晃優勝」と栄光の記録が記載されていました。お話を伺った折、「どういう練習をされたのですか」とお尋ねした所、「特別なことは何もしていない。でも得意だった」というお答えでした。音楽の分野で素晴らしいご活躍をされている平尾さんの別の一面を垣間見たように思いました。抜群の運動神経と集中力、音楽の分野におけるご活躍と無関係ではないのかもしれないと勝手に思ったりしています。

 平尾さんは学園での思い出をとても大事にされ、本当に懐かしそうに学園の良さを振り返っておられました。平尾さんが湘南学園70周年記念誌に寄せられた文章の中に以下の一節があります。

 「僕達の若かりし頃の湘南学園は、まぶしく輝いていて、日本にひとつしかない、素晴らしい学園と誇りを持ち、胸を張っていました」

 平尾さんのこの言葉に勇気をいただきながら、目指すべきはまさにそのような学園であると決意を新たにしています。
 
 平尾昌晃氏におかれましては、学園を本当に大事に思っておられたことを同級生の方々からも伺っております。そして、八十周年記念行事におきましては、チャリティーコンサートを行っていただくなど、学園への格別なるご理解とお力添えを賜ってまいりました。

 学園にとって大切な方を失ったことは、本当に残念でなりませんが、賜ったお力添え、賜ったお言葉等は、私たちの胸にしっかりと刻まれております。
 
 七十年記念誌に平尾昌晃氏に寄せていただいた「僕達の若かりし頃の湘南学園は、まぶしく輝いていて、日本にひとつしかない、素晴らしい学園と誇りを持ち、胸を張っていました」というお言葉をこれからも大切にし、そのような学園を目指して学園づくりを進めたいと改めて思っております。
 
 平尾昌晃氏に重ねて深甚なる感謝の気持ちを捧げますとともに、ご冥福を心よりお祈り申し上げます。