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シリーズⅡ 「国語力を考える(その13)」

2017年9月29日

「国際バカロレアについて(Ⅰ)」

 二十数年前のことである。当時、私は神奈川県教育委員会において新しい高校設立の準備に携わっていた。「神奈川県教育庁高校教育課新構想高校開校準備担当」というのが当時の肩書きであり仕事の内容であった。開校準備は進んでいたものの、学校名はまだ決定されておらず、「新構想高校」と称されていた。やがて神奈川初の単位制普通科高校として、県立神奈川総合高校という校名の下、十階建ての真新しい校舎とともに誕生するのは間もなくのことであった。

 今までにない理念と教育内容をもつ新しいタイプの神奈川総合高校には、個性化コースと国際文化コースというふたつのコースが置かれることになった。準備に携わる中で、特に同校の国際文化コースの学校づくりに生かすべく、出張を命じられた学校のひとつに都立国際高校があった。本題ではないので、ここで詳細には立ち入らないものの、充実した設備、手厚い人的配置も含め、お話を伺う中で目を見張る内容であったことは今も記憶の中にある。東京都の新たなプロジェクトにふさわしい都立国際高校の学校づくりからは、当時、多くを学んだ思い出がある。
 
 そして、私が伺って二十数年後、都立国際高校は、国際バカロレアということで話題となった。既に多くの成果を得ている都立国際高校に、国際バカロレアのコース(DPコース)が新たに加わったのは平成28年(2016年)4月のことである。都立国際高校の国際バカロレアのコース(DPコース)については改めてふれるものの、同校の同コースが多くの注目を集め、期待が高まっているのは衆目の一致するところである。
 
 国際バカロレアについて言えば、東京都のみならず、神奈川県においても同様の動きが開始されている。神奈川県においては、平成29年1月7日、神奈川県教育委員会主催の「県立高校におけるグローバル教育説明会」が開催された。「神奈川県教育委員会ホームページ」によれば、説明会では、神奈川県教育委員会高校教育課長から、「県立高校のグローバル教育について」と題する話があった。高校教育課長からの説明の中に、グローバル教育に関し今後取り組む予定とされる具体例の中で、「国際バカロレア認定推進校として県立横浜国際高校を指名している」とあった。

 東京都の都立国際高から遅れて三年後の平成31年(2019年)、神奈川県の県立横浜国際高校に国際バカロレアコースがスタートすることになるというのである。私学あるいはインターナショナルスクールに国際バカロレアコースが多い中、公立高校にこのコースが設けられるということの意義は大きいと言わざるをえない。と同時に、国際バカロレアの広がりを併せて感じている。
 
 やや前置きが長くなった。本号及び次号のテーマは「国際バカロレア」である。二回に分けての本号では国際バカロレア全般を概観し、次号では国際バカロレアと「国語力」との関連を中心に述べていきたい。
 
 本号及び次号で取り上げるのは、国際バカロレアが「今後の教育、今後の学びに重要な意義を持つテーマ」であり、加えて、国際バカロレアが「「国語力を考える」ことにも深く関わる重要なテーマ」であるという理由による。

 国際バカロレア、ご存知の方も多いかと思われるものの、アウトラインをご理解いただくために、簡にして要を得たまとめを神奈川県教育委員会の文章より以下引用したい。

「国際バカロレア」とは、1960年代にスイスで開発された教育プログラムで、「IB」と呼ばれる。この教育プログラムは、日本でいう高校2・3年生を対象としており、授業での取組みや、全世界で統一して行われる試験で一定の評価が得られれば、「IBディプロマ資格」といって、国内外の大学で、幅広く活用されている大学入学資格が付与される。「国際バカロレア」の教育を提供するためには、国際バカロレア機構から認定を受けなければならない。

(神奈川県ホームページより)

 昨今言及される国際バカロレアとは、国際的な大学入学資格であり、高校卒業時に外国の入試等(国内含む)に活用できる資格という理解でよいと思われる。ただし、国際バカロレアには、それ以外の分類もあるということで、以下一言申し添えておきたい。
 国際バカロレアには、PYP(Primary Years Programme)(幼児・初等カリキュラム)、MYP(Middle Years Programme)(中等教育課程)、そして、いわゆるIBと呼ばれている国際バカロレア資格であるDP(Diploma Programme)、さらにキャリア関連のプログラムCP(Career-related Program)という分類がなされている。

 現在、特に注目されている高校生を対象とした国際バカロレアは、国際バカロレア(IB)のDPと呼ばれるものであり、本号では、それを単にIBもしくは国際バカロレアと呼ぶことにしたい。
 
 それでは、世界全体では、どれだけの国際バカロレア認定校があるだろうか。2017年6月の時点によれば、140以上の国・地域で4千数百校に及び、本号で扱う大学入学資格としての国際バカロレア(IB)は、世界3千校以上となっている。

 国内はどうであろうか。ここでは本号との関連で、大学入学資格としての国際バカロレア(IB)のみに限定すると、30校ほどの認定校を数えることになる。約30校の中に、学校教育法上で一条校と位置づけられた学校が約20校含まれており、それ以外がインターナショナルスクールという構成になっている。

 国際バカロレア認定校は、世界的にも国内においても、増加傾向にあることが統計上からもあらわれている。
 
 さて、多くの方が関心をもち、注目しているのは、国際バカロレアの「教育内容」ということになる。

 とりわけ注目度が高いと思われる事例として都立国際高校を取り上げて見てみたい。都立国際高校の国際バカロレアのコース(DPコース)は平成28年(2016年)4月にスタートしている。国際バカロレアの教育プログラムは、日本でいう高校二・三年生を対象としていることから、同校同コースの三年生が初めて国際バカロレア(IB)の受験を迎えることになる。 

 同校ホームページの「校長あいさつ」には、「本年度はいよいよIB1期生IBフルディプロマ取得そして海外有力大学にチャレンジします」とある。同校の案内には、「日本語を除くすべての科目を英語で学習します。本校の国際バカロレアコースを修了すると、日本の高校の卒業資格、及び国際バカロレア・ディプロマプログラム(フルディプロマ)認定資格が取得できます」と記されている。言うまでもなく、日本語を除けば、歴史も経済も生物や物理や数学等もすべて英語で授業が行われているということになる。

 同校には「平成29年度 東京都立国際高等学校 学校経営計画」(平成29年4月1日校長決定)という詳細な計画がある。関連で、先程の「校長のあいさつ」に「海外有力大学にチャレンジします」とあったことを思い起こしていただきたい。「学校経営計画」をみると、進路希望の実現に関し、数値目標として「海外大学進学率100%」と記されている。都立国際高校の目指す目標の高さ、教育活動の水準が十分に了解できる内容ではないだろうか。

 国際バカロレアの教育内容について、その注目すべき事例を都立国際高校から感じとることができる思いである。
 
 国際バカロレアに関しては、教育内容とは別に、わが国の積極的な後押しについても言及しておく必要があろう。

 政府の「日本再興戦略」において、「IB認定校を2018年までに200校に大幅増」という閣議決定(平成25年6月)がなされたことは、後押しの例と思われる。関連し、その後、国際バカロレアの授業内容が従来とは異なり、一部科目で日本語で実施できるようになったことも後押しの理由に含まれると思っている。こうした政府の後押しが、国際バカロレアの認知度を高めたことは否定できない点である。
従来は、英語、フランス語、スペイン語のみに限定されていた国際バカロレア(IB)に日本語導入という制度変更が加えられたことは、わが国における大きな変化であった。

 全て英語を貫く都立国際高校のような学校もあるものの、文部科学省のホームページからは、日本語を取り入れたIBが増える傾向を見てとることができるのである。この点は、政府の後押しの成果と言うべきだろうか。
 
 次に、国際バカロレア、特に大学入学資格取得の内容を見ていきたい。

 国際バカロレア全般について、さらには、その内容及び概要を分かりやすく記した好著に『国際バカロレア』(田口雅子)がある。1988年から2006年まで国際バカロレア試験官(主任)を務めた田口氏は、氏の豊富な経験を踏まえて『国際バカロレア』を編んでいる。同著に多くを負いながら、また、『国際バカロレアとこれからの大学入試改革』(福田誠治)を併せ参考にしながら国際バカロレアについて見てみたい。
 
 まず、国際バカロレア(IB)の大学入学資格取得(DP)には、以下の必修六教科が必須である。

① 文学(母語またそれに準じる言語による世界文学学習)
② 語学(第二言語)
③「個人と社会」(歴史、地理、経済、心理学など)
④「実験科学」(生物、化学、物理など)
⑤「数学」(数学、コンピュータ・サイエンスなど)
⑥ 選択科目(美術、音楽、演劇など)

 各教科の学びについては、それぞれ履修時間が異なる上級レベル(二年間で240時間)と標準レベル(同150時間)が設けられており、必修六教科のうち三~四教科は上級レベル、残りは標準レベルとして、合わせて六教科を選ぶとしている。
 
 国際バカロレアの大学入学資格取得には、必修六教科の他にバカロレア精神の柱ともいうべき以下の三つの学習項目を選び、それぞれの項目で一定以上の成績を収めることが条件とされている。

 三つの学習項目は、以下のとおりである。

①「エクステンデッド・エッセイ」(Extended Essay)(欧文で4000ワード、日本語では8000字の研究論文の提出)
②「知の理論」(Theory of Knowledge)、広い意味での哲学で、100時間の授業を受けた後にレポートを提出することになる。なお、この知の理論は「TOK」と呼ばれることがある
③「創造性・活動・社会奉仕」(Creativity. Action. Service. :CAS)、これは、芸術、スポーツ、放課後に学外で行われる社会奉仕のことで、各50時間が割り当てられている。

 こうして、国際バカロレアの必修六教科と三つの学習項目を見てみると、従来の学びの枠組みとは大きく異なることが感じられるはずである。

 必修六教科には文学あるいは語学に関する二科目が含まれており、根底に言語重視の考え方が見てとることができる。国際バカロレアが「国語力」と深く関わっているといることがご理解いただけるだろうか。

 言うまでもなく、知識だけではなく、問題発見・解決能力、論理的思考力、コミュニケーション能力を重視しており、通常の日本の高校のカリキュラムとは大きく異なっていることが了解されよう。まさに、これからの教育、これからの学びと深く結びつくのが国際バカロレアということになる。

 このような国際バカロレアの学びについて、国際バカロレア校卒業生は何を感じているのだろうか。同じく神奈川県のグローバル教育説明会におけるパネルディスカッションに参加した方からは以下の感想がある。

全体的に学校生活は大変楽しかったが、上級コースの学習内容は大学1年レベルなので、勉強量が非常に多かった。また、DPのテストは暗記するだけでは良い点数を取ることができないので、プレゼンテーション、レポート・論文の書き方、分析、課題発見・解決などのスキルが必要である。これらは、大学に進む上で必要なスキルなので、DPをやっていて大変良かったと思う。

 上記の感想から、何よりもこれからの学びとは何かということを確認する思いである。
 
 さて、国際バカロレアについては、学びの前提、あるいは、国際バカロレアの理念ということにも理解を深める必要がある。それは、多様性や共生を大切する点であり、多様性への寛容とでも呼ぶべきものである。こうした点は、今後の学びの前提として誠に重要なことと捉えるべきものと考えている。
 国際バカロレアの理念の冒頭には、「国際バカロレア(IB)は、多様な文化の理解と尊重の精神を通じて、より良い、より平和な世界を築くことに貢献する、探究心、知識、思いやりに富んだ若者の育成を目的としています」とある。
これからの教育、これからの学び、人々との関わり、地域や世界への貢献等を考える上で、国際バカロレアのもつ豊かな可能性を感じないわけにはいかない。

 関連して、前掲の『国際バカロレア』において、著者田口氏は、国際バカロレアの特徴に「全人教育」という興味深い表現をあてていることにも注目したい。

この国際バカロレアの大きな特徴は、「全人教育」というところにあります。この「全人教育」とは、この世界を豊かなものにしているさまざまな文化とその担い方を尊重し、人と人とを結びつけている普遍的な人間性を共有し意識する人間に生徒を育てるということ、つまり地球市民として自覚をもち、豊かな知識・優れた見識のあるバランスのとれた人間を育成するということです

(田口雅子『国際バカロレア 世界トップ教育への切符』)

 田口氏の上記の一節からも、国際バカロレアが目指す方向性、学びの内容が読みとれる感がある。別の箇所で田口氏が述べている、「国際バカロレアの掲げる「全人教育」という目標には、特に高校生の時期に知識だけではなく、あらゆる面での人間性育成のための広範な教養教育が必要であるという考えが込められています」というのも、その点を補うに余りあることと言えよう。
 
 一方で、田口氏も指摘する国際バカロレアの高度な学びについてはどうしても言及しなければならない。 

 前掲の『国際バカロレア』の冒頭に、「Q&A―――国際バカロレアって何ですか」という項がある。「試験は大変でしょうね」という質問に、「大変は大変でも大変さの質が違います」とある。さらに、周到に準備されたプログラムや教室の実践を踏まえた試験は、「暗記や一夜漬け、出たとこ勝負は全く通用しない論述形式になっています」と続いている。そして、論文試験に関して「書くことが不得意な人にとっては不利ですね」という問いに関し、「いえいえ、授業できちんと学習していれば、不利なことは全くありませんよ」とした上で、言語教育の中の「文学」における二時間で行う小論文の試験問題の例が示されている。

 授業で学習した二つ以上の作品から例をあげて、作品中の「語り手」の役割を比較しなさい。語り手の意見や考え方は、作品の中でどのような効果を上げていますか。また、読者に与える影響についても言及しなさい。

(田口雅子『国際バカロレア 世界トップ教育への切符』)

 この試験問題をご覧になった方はどのような感想をお持ちだろうか。とても歯が立たないと感じた方も少なくないのではないだろうか。あるいは、TOKとも略称される「知の理論」(Theory of Knowledge)において、しばしば例に出される「数学は、発明されたのか、それとも発見されたのか」「数学的価値に、なぜ優雅さや美しさが関係するのか」といった問いなどは、従来の発想を変えなければ立ちいかない問題なのではないだろうか。
 
 本号をとおしての叙述をとおし、「今後の教育、今後の学びを展望する重要な意味をもつ国際バカロレア」を取り上げた理由がお分かりいただけるのではないだろうか。

 予め記したとおり、国際バカロレアをテーマに、本号においては国際バカロレア全般を概観し、次号では、特に、国際バカロレアと「国語力を考える」との関連に述べていきたい。私だけの感想のようにも思われるものの、既に本号において、国際バカロレアと「国語力」の深い関連は、既に見え隠れしているようにも感じている。

 そのような展望をふまえながら、以下次号に譲りたい。