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第29回  「ひとりっ子」に関連して思うこと

2018年7月14日

 中高の教員を30年以上勤め、数多くの学園生と関わりました。自分が中高生だった昔と比べて時代の大きな変化を感じたことの1つに、きょうだい関係について、特に「ひとりっ子」がとても増えたことがあります。今回はこのテーマについてふれたいと思います。
 

 自分はひとりっ子として育ちました。兄がごく幼なくして亡くなってから、この世に生を受けました。戸籍上は次男であり、両親はさぞかし切ない思いと細心の注意で自分を育ててくれたことでしょう。
 ある夜の灯篭流しで、父が長男の兄を想って号泣していた場面は忘れられません。そして母が自分の成長と幸福を何よりも生きがいに、苦労して育ててくれたことへの感謝の気持ちは絶対的なものです。

 自分の学校時代にはひとりっ子は少数派でした。「やーい、ひとりっ子!」という冷やかし言葉が、まだ世間で通用した時代だったと思います。自宅が校区外にあった少年期には「独り遊び」に慣れ、独りで夢想する時間も長かったことを振り返ります。

 教員になってから年々、ひとりっ子が増えていると時々気づかされました。いまやひとりっ子は多数派です。生徒と話して「きみが・あなたが、ひとりっ子なのかい」と驚く例も多かったです。ステレオタイプな見方に注意すべきですが、「ひとりっ子も多様化したな」と思われました。生徒それぞれ、本当にさまざまな個性や性格があることに気づきました。
 

 中国で近年「一人っ子政策」が廃止ないし修正されたことは世界で注目されました。政府が主導した重要政策が社会にもたらした巨大な影響が参照されました。そして日本では、これから総人口の急激な減少、少子化と高齢化の一層の進行とその影響に直面することは避けられません。

 社会全体で婚姻と出産を基本に単純に述べれば、一組の夫婦が2人の子どもを育てて人口はやっと維持されます。しかし成熟した先進国や経済発展の著しい途上国では、夫婦が複数の子どもを持つことが困難な状況が広がりました。そこには、様々な必需品や教育費の負担、共働きを支える保育所や長期休暇の保証などが社会全体で遅れている背景があります。

 「ひとりっ子」が主流になる社会的な背景について理解することができます。
 

 しかしそれ以上に切実で心配なテーマがあることに思い至ります。

 「子どもを持つこと」や「結婚すること」自体に対して、あこがれ感よりも負担感を持つ若い世代が多くなったことです。「恋愛自体がめんどうくさい」と表明する若者も少なくありません。努力しても報われないかもしれない不安感、お金があれば独りでも生活できる商品の環境、自分の時間優先の傾向などが指摘されています。

 人生観や恋愛観はもちろん人それぞれですが、社会の底流で進行する次世代の感覚はやはり気になります。引き受ける重さ、共に生きる重みも受けてこそ人生により深い充実感がもたらされることを、先行世代としてきちんと伝えたいとの思いがあります。
 

 在校生や卒業生も誰もが通る、人生の普遍的なテーマです。自分の家庭を築くことに、温もりあふれる夢を持ってもらいたいです。共学校の教員として、時代の変化も踏まえつつ普遍的なメッセージを送り続けたいと思います。

 「結婚はいいよ」そして「結婚はできるよ」というメッセージです。多少の辛抱と勇気があれば道は拓けること。「ふれあい」や「ときめき」や「やすらぎ」あっての人生だよ、と。おりにふれて伝え続けていきたいです。