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第237回 <言葉の力>を回復するために

2021年12月8日

 今回はまず、中高で発行された最近の学級通信の中から、ある筆者の先生が記した生徒達へのメッセージから紹介したいと思います。

 部活動指導の場面から始まって「積極的に対話すること」の大切さにふれ、“・・・対話とは「論破」ではありません。相手をリスペクトしているからこそ、お互いを高め合う「対話」ができるのです”と述べています。そして定期試験後の学園祭準備へ向けて語りかけます。
 “クラスは「個」と「個」の集合体ですので、意見が衝突することもあるでしょう。でも・・・「対話があれば乗り越えられない壁はない」と信じています。リスペクトを伴う積極的な対話を大切にして、素晴らしい学園祭を創ろう。(中略)お互いを「知りたい」と思い合えるような、温かい人であり続けてください”と続けられていました。
 
 このメッセージには、学校内のことにとどまらず、日本や世界の現状への問いかけにもつながる重みがあると思われました。普段のお仕事ぶりにも通じるこの先生の信念が示されていると心に残る感動がありました。

 現代社会には膨大な言葉や情報が氾濫しています。「対話」の場面はリアルな出会いだけでなくオンラインの書面や画面でも可能になりました。人びとをつないで支え、見守り励ますような言葉や対話が大切ですが、攻撃や憎悪に満ちた言葉や論破も増えてきた近年の現実があります。社会的弱者を侮蔑する言葉や差別や敵対心を助長する言葉が、SNSの世界や政治家の発信にも公然と広がり不安になります。
 
 こうした現実や息苦しい言葉が氾濫する時代に向き合う、1冊のエッセーを紹介します。
 『まとまらない言葉を生きる』(荒井裕樹著、柏書房2021年5月刊)という本です。じわじわと読者が増加し、小さな読書会や勉強会でも採用されているそうです。詳しい書評に接して購入しましたが、現在の闇と課題が照らし出され、希望の道筋を垣間見る思いで読みました。自分の言語生活も振り返り、言葉の重みや深みを考え直す機会にもなりました。
 
 荒井氏は「言葉が壊れてきた」と書き出します。日常生活でも政治の場でも「負の力に満ち満ちた言葉」や「人の心を削る言葉」が広がり、生活基盤にもなったソーシャルメディアでも粗雑で乱暴な言葉や「憎悪表現」が飛び交う怖い状況を指摘します。政治権力を持つ人達が対話を一方的に打ち切り、説明を拒絶し、対立を煽う中で「重みがない言葉」が当たり前になり、「言葉への信頼が壊される」危うさが深まると指摘します。マスコミ文化の世界でも、空疎な言葉や侮蔑の言葉が量産されている現状があります。

 筆者は「短い言葉では説明しにくい言葉の力」に注目します。疲れた時や息苦しい時や追い込まれた時に救われる言葉、狭まった視野を広げてくれたり自責の疲れを休ませてくれる言葉は、確かにあるものです。

 そこでこの本では、言葉の「魂」や「尊さ」や「優しさ」が感じられる言葉の実例を、その発信者のエピソードと重ねて1つ1つ紹介していきます。その積み上げを通じて言葉の尊厳を回復できたらと願い、「生きづらさを抱えた人たち」に18のエッセイが届けられています。(次回へつづく)