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第217回 スマホと脳~心身への影響の分析

2021年6月9日

 紫陽花(アジサイ)の花が楽しみな季節です。色も形もバラエティーに富んでいます。ふわっとこんもり咲く紫陽花が、梅雨入り前の街や地域を彩ってくれています。

 今回は、世界的な注目を集めて読者を広げている書籍を紹介します。
 急速に進行している人間の行動様式の変化とその影響を分析した本です。現代人が心身の健康を守るために日常生活で実行可能なチャレンジを提言しています。
 多数の読者が深く共感して自分のことを振り返り、家族や友人にも読書を勧めることでしょう。私からもぜひご紹介したい画期的な著作です。
 
 書名は『スマホ脳』(アンデシュ・ハンセン著、久山葉子訳、新潮新書882)。お聞きになられた方も少なくないことでしょう。
 著者はスウェーデンの精神科医で、病院に勤務しながら執筆やメディア活動を通して問題提起を続けています。不安や孤独など精神不調を訴える若者が急増したことが出版の動機だったそうです。
 しばらく前から、うつや睡眠障害の診断を受ける若者の増加が各国で懸念され、その根底には猛スピードで進む「デジタル機器の浸透とライフスタイルの変化」があることが広く推察されていました。
 『スマホ脳』は、この問題の本質を人類の登場以来の歴史をふまえて洞察し、最新の脳科学の研究成果も駆使して事態の深刻さを分析します。そして若者も大人も実行できる具体的なアドバイスを届けてくれます。日本でも短期間でベストセラーになったことが納得されます。
 
 毎日の電車で近くになった人達の大部分が各自スマホを見ているのもはや日常的な光景でしょう。読書する人はめっきり少数派です。朝起きてから寝るまで夜中にもチェックしている、人と会っていてもスマホを手放せない、そんな人びとも増加してその様子は「依存症」と指摘されます。

 ハンセン氏は、「インターネットを携帯できてスマホから直接アクセス出来るようになったこと」は、人類史上の重要な行動の変化になりつつある、と指摘します。
 実際スマホはバッグやポケットで持ち運べ、どこに移動しても検索・連絡・プレイ等のできる優秀な道具です。スウェーデンでも平均で一日4時間、若者の二割が7時間も使うようになった実態が確認されました。 
 極端なスマホの使用がストレスや不安をひきおこし、睡眠状態を悪化させ、脳の機能に打撃を与えることで心身に与える影響が、脳科学の知見に沿って丁寧に分析されます。特に眠りにつく前にスマホやタブレット端末を多用するとそのブルーライトが脳内ホルモンに悪影響を及ぼすことが、多数の被験者を通した研究を示して説明されます。
 
 ハンセン氏は、人類の行動を理解する上で、過去の世代の大部分は「狩猟採集民」として生きてきたことから考察を進めます。祖先の人類は、常に周囲を観察して危険を回避し、新しい場所を探して食物を獲得しました。様々な経験に応じて身体の中で起きる現象を「感情」として整理し、脳の機能は高度に複雑化し、ストレスや不安や恐怖に対処しました。現代の社会で増加が著しい「うつ」の症状も、リスクから身を守る脳の戦略と考えられるそうです。
 進化の観点から見れば、周囲の環境を理解するこどは、生き延びられる可能性を高めます。人間が新しい知識や情報を欲求するのは当然であり、不確かな結果を知りたいという渇望は人間の行動の強い動機となりました。
 
 スマホやSNSは、人間の内面にあるそうした欲望や傾向が分析され、便利で魅力あふれる商品開発が進められる中で登場しました。行動科学や脳科学の専門家が雇われ、極めて効果的に「脳の報酬システム」に働きかけるアプリ等も開発して、多数のユーザーを虜にしていった経過が述べられます。
 「シリコンバレーは罪悪感でいっぱい」との小見出しが出てきます。実際、巨大IT企業のトップ達が、わが子にはある年齢まで情報機器を与えず、使用時間を制限していたとの情報が世界で注目を集めました。
 人間の「集中力」や「作業記憶」に与える情報機器の影響も克明に分析されます。大学生の講義ノートの理解度でパソコンで取るより手書きの方が勝っていたことも例示されます。情報が記憶に定着し難いグーグル情報の限界も述べられます。
 更に「スクリーンタイム」の長時間化が、メンタルヘルスや睡眠に与える絶大な影響が多数の調査結果をもとに説明され、過剰なスマホの使用がうつの危険因子の1つであると述べられます。

 そしてSNSという現代最強の「インフルエンサー」について解説されます。人間が本質的に持つべき必要な「社交性」について、SNSはとつぜん無限大の可能性をもたらしました。数百人から数千人に自分のことを語れる一方で、熱心な利用者ほど孤独感が深まることも多い状況が考察されます。頻繁な交信が逆に人生の満足度を下げたり、自信や自己評価を失う傾向も指摘されるのです。その背景にある脳内の現象や心理の状況、それに基づくテクノロジーによって展開されるITビジネスの意図が掘り下げられます。

 こうした社会環境の激変の中で幼い子ども達も育っています。iPadなどタブレット端末の利用も急速に浸透しました。そもそもアルコール等の年齢規制はあるのに、スマホは子どもや若者に無防備なまま浸透している現実が心配されます。「スマホなしの生活」には一時的にも耐えられない禁断症状が広がったのです。
 
 ハンセン氏は、「睡眠」、「運動」そして「他者との関わり」が、精神的な不調から身を守る重要なカギだと指摘します。現代人がストレスの累積で集中できず、デジタルな情報の洪水によって溺れかけている今、運動はスマートな対抗策であり、最善の方法だろうと述べています。そして終章には身近なアドバイスが列挙されています・・・それはぜひ直接にご覧ください。誰もがすぐ着手できるシンプルな提案ばかりです。
 
 『スマホ脳』は2019年に刊行され、まずスウェーデンで大きな反響を呼びました。ハンセン氏への講演依頼や提案された改善方法を現場に導入する学校が急増し、社会現象を巻き起こしたそうです。
 「訳者あとがき」で久山葉子さんは、この本は自分にとっても人生のバイブルとなり、本書の推奨内容は自分やわが子の生活を考えるための大切な軸となったと述べられています。
 私も座右の書に加える思いで読みました。日頃スマホを重宝していますが、意識的な改善が必要だと気づかされ、スクリーンタイムを改善しようと心に留めました。
 皆様にも最寄りの書店等で手にとられ、ご家族やご友人とも話題にしていただければと思います。