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第245回 『英国人青年の抑留日記』と出会う

2022年3月2日

 今回は、湘南学園のご卒業生が献本してくださり、私自身も新たな歴史の事実を知って深い感銘を受けた新刊書について、紹介させていただきます。

 昨年12月、太平洋戦争の開戦80周年に関わり、気になった新聞記事がありました。
 戦時中の記録に関わる出版の紹介でしたが、数日後にその書籍を持参されて編集者の出羽仁様が、湘南学園を訪ねてくださいました。これは是非とも学園生や先生方にも広く読んでもらいたいと願い、中高図書室の蔵書として取り寄せていただきました。
 
 『英国人青年の抑留日記~戦時下日本の敵国人抑留所~』(論創社・2021年12月刊)という本で、筆者はシディングハム・イーンド・デュア氏です。出羽仁様はそのご長男であり、1970年度に湘南学園高校を卒業されました。
 お父様のデュア氏は1941年12月8日、開戦時に囚われの身となり、終戦まで神奈川県内の敵国人抑留所での生活を強いられました。祖父の方が幕末に英国から来日して日本人女性と結婚され、当時一家は横浜市内で暮らしておられました。デュア氏は医大生でしたが、貿易商を営む父親とともに突然連行され、横浜市のちに県西部の山あいの施設で合計3年8か月間の長期間抑留されたのです。更に抑留を免れた母親と弟の方は45年5月の横浜大空襲で焼け出されました。

 大戦後、デュア氏一家は73年に日本国籍を取得して出羽姓を名乗られます。デュア氏の日記は戦後70年、75年の節目に展示会で大きな注目を集めました。そこで本の形にして子や孫の代まで末永く残したいと、ご遺族の方々が翻訳や構成を手がけられ、今回の出版にこぎつけられました。(以上12月7日朝日夕刊「日本で生まれ、僕は抑留された」より~社会面のトップ記事でした!)
 
 出羽様はデュア氏のご長男です。戦時下の日本に敵国民間人の抑留所があったこと自体が世間にはほぼ知られておらず、ましてそこでの生活がどんな様子であったかの情報もごく少ない中で、お父様の日記を読んで世の中に広く伝えたいと思い立たれました。

 日記は戦況が厳しくなるばかりの1944年秋からの約1年間、日本語と英語の交互で日記を綴られました。万年筆の細かい字でびっしり1日も欠かさず記され、しかも1日ごとに日本文と英文を交互に使って記されたことも注目されます。終戦を迎える8月15日の生々しい“その時の思い”も拝読しました。当時の具体的事実が克明に記されており、貴重な歴史資料として戦争体験の一側面を語り継ぐために、開戦80年を機に書籍化を決意されたのです。
 
 表向きは保護される立場でもあるのに、食糧難のなか抑留者に届くべき食料が監督者に横領されて飢えに苦しんだり、多様な環境や背景にいた人達が一か所に集められたことで抑留者同士のいがみ合いやもめごとも発生します。他方で抑留所周辺の美しい自然に心を癒され救われる場面なども記されています。

 日本で生まれ、母親が日本人であり、自分のアイデンティティとも向き合い、思い悩む姿が注目されます。「日本は僕を敵視しているが、僕はあくまでも日本が好きだ」とも記されています。大学への復学も目指し、日本語を忘れまいと英語と交互に日記を書かれたのです。
 
 この著作は、出羽様のご家族の協働による労作です。在米の妹様が日記をデータ化し、叔父様が和文英訳、妹様が英文和訳を担当されました。日本語と英語の両方で対訳をつけて記載される独自の構成です。年齢の関係から抑留されなかった叔父様の横浜大空襲体験記も挿入されています。日記を書籍化し後世に残すことは叔父様の悲願でもあり、ご家族の総意でもありました。

 大戦中にアメリカで起きた日本人移民や日系人の強制収容の過酷な史実は広く知られていますが、日本もこうした収容所を設置し、連合国側の国籍だというだけで、社会に貢献していた多数の人びとを抑留した事実に、自分も注目したことがなかったことを反省しました。劣悪な施設で飢えや寒さに苦しみながら不安な日々を過ごされた事実を知りました。
 デュア氏の残した貴重な記録は、NHKの特集でも放映され、国際放送でも世界各地へ配信されました。取材にあたったNHK記者が日記及び出羽様との出会いを経て強い思いで記した「あとがき」や、偉大なお父様を偲んで深い思いを記された出羽様の「おわりに」にも心をうたれました。

 いま父母のどちらかが外国人であったり、海外で生まれ育った人びとが増えてきた現代において、自身のアイデンティティとどう向き合うのか、多様性の広がる社会でどう生きていくのかを問われる場面も多くなりました。この本を読むことでそうした課題を深く考えていただけたら、と出羽様は記されています。
 
 同書に関心を持たれた方はネットで検索され、ご購入もお考えいただければありがたいです。中高図書室や公共の図書館、大書店で探していただくこともできます。ぜひご注目ください。