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第101回 母親との暮らしの作文を読む

2019年6月8日

 今日は、昔の小学校4年生の作文から紹介させていただきます。
 信州時代の自分の文集からで、日記風に記された3回の文章です。当時の暮らしがなつかしく想い出されました。
 

(12月9日)
 きのうも、お母さんは夜業だった。このごろは、毎日夜業で、ぼくはとてもさびしい。
 12月5日に、新しく(地名)に、お母さんのつとめている(店名)という食堂のしまい店ができた。ぼくは(店名)のしまい店がにくらしく思う時がある。新しくできた店のおかげで、(店名)で働いている人が少なくなり、どうしてもお母さんが、夜も仕事をやらなければいけないからだ。
 お母さんも、このごろはとてもつかれた様子でいらっしゃる。
 きょうは、ぼくもうんとお母さんの手助けをして、お母さんを楽にしてあげたいと思います。
 

(12月17日)
 きょうも、6時半になっても、お母さんは帰らない。・・・・・・また夜業だ。ぼくもしかたなく、おふとんをしいて、ねる用意をして、お母さんのつとめている(店名)へ、夕食を食べに行った。
 すると、お母さんは、ちゃんとぼくの食べる夕食の用意がしてあった。仕事のあい間に、わざわざぼくの夕食を用意してくださったと思うと、とてもうれしかった。
 (店名)へ来ると、顔なじみの定員のおにいさんが、仕事のひまな時にめんどうを見てくださるので、さびしさなどは、いっぺんにふきとんでしまう。
 きょうは、(店名)のご主人が、お母さんに、「帰ってもよろしい」とおっしゃった。その時は夜9時でいつもより1時間早かった。帰りにお母さんと、おぞうにと、くりぜんざいを食べました。
 

(1月19日)
 このごろ、お母さんは、ぼくが夜さびしいだろうと、夜業をやらないでくださいましたので、とてもうれしかった。
 が、昨日の夜の7時ごろ、「ちょっと用事に行って来ますよ。1時間ぐらいで帰って来ますからね。」とおっしゃって、出かけてしまった。
 るす番はなれていたので、やくそくの1時間までは心配しなかったが、1時間半たってもまだ帰って来られないので、心配になって来た。しかたなくふとんをしいて、家の前に出て、道路の左右を15分ほど見つめたがまだ来ない。
 下に住んでいるおばあさんが「まだ帰って来ないのかえ。行く先なんか、子どもくらいに言えばいいのにさあ。」とおっしゃった。
 2時間ほどたって、やっとお母さんが帰って来られた。ぼくはぷんとしてしまった。
 しかし後で、お母さんがやさしい声で、「明彦、おそくなってごめんね。これ食べなさい。」とおっしゃって、買って来たおすしをくださった。
 それを見てぼくは、さっきのぼくの心と、下のおばあさんのことばがとてもにくらしくなりました。
 

 母親へも敬語を使う文体が、先生の指導にそったのかどうかは不明ですが、素直な内容がいじらしくなりました。
 「母ひとり子ひとり」の暮らしでした。文中のおばあさんとは大家さんで、2階のひと間を借りて暮らしていました。1階のトイレに行くのも音に気をつける日々でした。母親の夜勤が増えてさみしい日が続く自分と、精いっぱいの親心を示す母親の様子がよみがえりました。
 

 還暦を過ぎてわが子たちの結婚を機に、家の中の断捨離を手がけるようになりました。ゆっくり過去を振り返り、これから未来を展望する作業でもあります。
 懐かしい昔のグッズ~膨大でショック!~に向き合って選別しながら、名残惜しい気持ちと意外にさっぱりした気持ちを交互に重ねます。

 その中で小学校時代との再会でした。捨てられなくて残すことにしました。当時の暮らしやけなげな様子に、“気持ちをしっかり書けたね”とほめてあげたくなりました。
 当時の境遇に比べて、現代ならば家族間でメール連絡も入れられる便利さにも気づかされます。
 

 でも現代の子どもたちは、便利で豊かな暮らしの中で、新たな悩みや困難に向き合っていると思われます。大人が気づきにくい状況が広がっていることでしょう。
 そんな状況を自分なりに「対象化」してほしいものです。それを自分の言葉できちんと書いたり話したりしてほしいです。親も教員も十分に受けとめて、時には対話と支援に努める必要があると思われます。