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第139回 「生き苦しさ」の背景と対処を説く

2019年11月30日

 『「空気」を読んでも従わない~生き苦しさからラクになる~』。今回は、最近読んだある新書について紹介いたします。

 学園生や保護者の方々に、若者や大人の方々に「イチオシ」でお薦めしたい好著です。「岩波ジュニア新書893」~今年4月発行のこの本は、本当に面白く理解しやすく、数時間で読了することも可能かと思われます。

 筆者は、鴻上尚史という劇作家・演出家です。TV出演や作家活動もされ、特にNHKBS1の「COOL JAPAN」というユニークな番組の司会者として知られていることでしょう。
 
 この本は、人びとが日頃から対人関係でかかえる重苦しい悩みについて、この国特有の社会的背景もさぐりながら、役に立つアドバイスを届けてくれます。きわめて日常的で身近な事例があげられ、「そうかなるほど」とうなずきながら読み進めていけます。

 たとえば、中高生が先輩の理不尽な指示を断れないこと。ラインやメールがいつも気になり返事をしないと不安になること。友だちの無理な頼みに嫌だけど応じてしまうこと。・・・・・・この主語は「大人」にしても同様でしょう。上司や年輩者に対象が変わるだけです。

 クラスや部活動の集まり、会社同僚の集まり等で、「KY」(空気が読めない)という言葉が流行しましたが、日本の社会の対人関係に特有の構造があることに筆者は注目します。何となくの「空気」や「雰囲気」に縛られて、自由にモノを言ったり行動することが難しいのはなぜか。人びとが共通に持つ「息苦しさ」の秘密を解明し、楽に生きていける道を述べていくのが主題です。
 
 その鍵となるのが、「世間」と「社会」という二つの言葉だと、筆者は説き始めます。「世間」とはあなたと現在または将来関係のある人達です。日本人は基本的に「世間」に生きており、関係のある人達をとても大切にするけど、自分に関係のない「社会」に生きる人達は無視しても平気なのが平均的な姿です。見知らぬ人にはなかなか声をかけられない傾向など気づくことが多いです。

 江戸時代までの日本人の暮らしとつながり、「村」に生きる農民を基本に、商人も武士も、それぞれの「世間」に生きていた姿が述べられます。
 明治時代以後、「富国強兵」の目標を掲げ、「社会」の考え方を示して「国民」の育成を推進した政府のねらいが続けて述べられます。

 それでも「世間」の考え方や感じ方は根強く残り、「世間体」や「世間様」を気にする現代人の事例は事欠きません。スキャンダルを起こした芸能人が「世間をお騒がせして申し訳ありませんでした」と謝るのは一例です。
 生徒や学生の学校生活にも色濃く「世間」があることが描かれ、“外国にはその「世間」がない”から、振る舞いが本当に違ってくる実例があげられます。海外旅行の大きな利点の1つとして、いまの自分の状況や日本の文化は唯一絶対でないと知り、気持ちが楽になる経験が貴重なのだと理解されます。

 そして「世間」が中途半端に残るなか、よりカジュアルな形で現代の日常に登場したのが「空気」ではないかと分析するのです。
 
 この辺で具体的なご紹介は中断しましょう。鴻上氏は「世間」の正体を解明すべく、その後「世間」にある「独自のルール」を鋭く分析していきます。「空気」は努力を重ねれば変えられると読者を励まし、手強い「世間」とはどう戦うのか、実践的なアドバイスを展開していきます。

 特に日本社会でとても強い「同調圧力」と対峙し、誰もがチャレンジできる対処や抵抗について提言していきます。説得力のある貴重な呼びかけだと感動させられます。どんな提言なのか具体的にはぜひ本書でたどっていただきたいです。
 
 終章の「スマホの時代に」が、一段と深く心に残るのでふれておきます。
 「スマホは私達の生活を変えました」とし、「多くの人とつながることでますます孤独を感じる」実状を分析します。自意識がどんどん大きくなり、人からどう思われるかを極度に気にする不安な毎日。でもスマホは「社会」とつながる可能性も広げます。素敵な情報や出会いが期待され、あなたの「世間」から自由にし、息苦しさから救ってくれる手段にもなり得ることが指摘されます。

 四季が豊かで独自の伝統と文化を持つ日本。同時に同調圧力がとても強い国であり、そこで生活するには知恵が必要であり、「表面的な出来事に振り回されず、物事の本質を見つめることが大切である」と鴻上氏は説いています。

 抑圧する「世間」や強すぎる「空気」を前にして、小さな戦いを重ねていくことは出来ること。それがこの国で同調圧力に苦しむ人びとを応援することにもなる、と筆者は読者の努力を激励して、この著作が閉じられます。
 
 きわめて平易な内容であり、読者はきっとふだんの日常生活をふりかえり、いつも抱える息苦しさについて考察し、心が軽くなるきっかけになるのではないかと期待されます。悩みの深い人にこの本を読んでいただき、家族や友達にも一読を勧めていただき、輪が広がってもらえたらと願うものです。