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第181回 夏休み推薦図書2冊

2020年7月29日

 ずっと雨降りの日々が続いて、暑くても晴れ間が待ち遠しくなるほどです。再開した通常登校登園が続いてきて早くも7月末を迎えました。やっと夏休みも間近です。

 そこで今回は、最近読んだ書籍から学園生と保護者の方々、親子でともに夏休みに読んでいただけそうな2冊の本を紹介させていただきます。
 大きな書店の目立つ場所にいっぱい積まれた「第66回青少年読書感想文全国コンクール課題図書」のコーナーに立ち寄った際、何冊か手にとった中でとても気になって購入した2冊です。
 
 まず「中学校の部」から、『天使のにもつ』(いとうみく著・丹下京子絵・童心社刊)という児童文学の作品です。

 主人公の斗羽風汰は中学2年生。地元の協力で行われる5日間の職場体験がテーマです。風汰はこの企画に全く興味を持てずに、「なんで仕事しなきゃならないの?しかもタダで」と訪問先のリストはどこも気乗りせず、「こどもとあそんでいればいいのか」とテキトーな理由で選んだ体験先が、『エンジェル保育園』でした。

 初日から別世界が待ち受けていました。園児達は元気いっぱい、園庭遊びでお気に入りのスニーカーはすぐに泥だらけになります。お片付けもシャワーやお着替えも給食もお昼寝タイムも、平日のスケジュールは予想外にハードです。その中で独りポツンとおとなしいS君とも出会います。
 「ふうたくん!」とまとわりつく園児達のエネルギーに圧倒され、どんな場面でもテキパキ指示しながら何かとカバーしている保育士や園長先生の様子に立ち会います。園児達のお相手やお世話は重労働で風汰もぐたっと寝入ってしまいます。嵐のような実習の幕開けでした。

 二日目。公園行きも布団敷きも給食も1つひとつの場面で観察が一歩深まります。1歳違うと子どもの発達はこんなにも違うのかと気づき、園児間のトラブルへの寄り添い、子どもの個性に配慮する保育の関わりに感心し、園長の話から保育士の仕事はすごいな!と感じます。三日目。園庭でスコップやシャベルで砂山を作る風汰の周りは園児達でいっぱい。カチンと来ることはあるけどいろんな場面で役割が日に日に広がります。

 四日目。娘の頬に傷ができたと怒鳴りに来た父親の剣幕を恐れ、園長の対応でしばらくして機嫌良く帰る様子に「何をしたのか」と驚きます。無責任と感じた母親への対応に「サービスし過ぎ」と言うと「お母さんじゃなく子どものためにしてるんだよ」と説明を受けます。気になるのはS君のこと。初日の夜に弁当屋で偶然出会った時の固い表情と母親の冷たい視線が心に残り、欠席した日の理由が気になり、園の本棚の整理中にちょこんと隣に来て座って「ふうたくんすき」と言われて、昔の自分と母親とのことを想い出します。

 月曜最終日。いつのまにか早朝から登園し、ママチャリやベビーカーで送りに来た母親達を間近に見て、どの子も皆お母さんが大好きなんだと気づく一方、S君への母親の突き放した態度と保育士のフォローする光景を目撃します。親子の別れ際に「こんなのだめだ!」と風汰が夢中でとった行動は、・・・・・・ぜひ原作をお読みいただきたい感動的な場面です。

 「お疲れさま。五日間どうだった」「すげー大変だった」・・・「子供達にちゃんと向き合ってくれてありがとう」・・・園長のコメントはここでも心にしみます。「みんなすげーと思った」はS君も念頭においた感想でした。別れる時に小さな手を笑ってしっかり握り返し、「小さい背中で背負ってる」S君のからだを青空に向かって抱き上げました。

 そして後日、中学校へ送られた園児達の絵の中には、皆に名前を連呼された風汰の姿もたくさん活き活きと描かれていました。「次年度の職場体験受け入れ」の欄には大きく可に丸がついていました。
 
 ここまでが物語の本線です。その周辺で、預かってしまった可愛い捨て犬をめぐるドラマや、お年寄りの徘徊という地域の切実な問題も登場します。正社員となって忙しい母親とのやりとりや、同級生達や先生達とのリアルな会話がからんだストーリーも面白いです。

 風汰はだらしなく無気力なようで、新しい体験をしなやかに受けとめ、周りの人たちの悩みや願いを理解して自分ができることを考える力が育っていました。こうした新たな出会いが人間としての成長につながる様子が、自然体で温かくつづられていました。
 『天使のにもつ』という不思議なタイトルの意味を改めて考えさせられます。読後感がとてもさわやかな作品でした。
 
 2冊目は「小学校高学年の部」から、『風を切って走りたい!~夢をかなえるバリアフリー自転車』(高橋うらら著・金の星社刊)というノンフィクションの作品です。
 手足の不自由な人やお年寄りのため、その人にとっての「世界でたった1台の自転車」を四十年間も製作してきた、ある町工場の職人さんの人生と仕事を紹介する著作です。

 東京都足立区にある堀田製作所。体にハンディキャップのある人でも自転車に乗ることが出来る喜びともっと快適な暮らしにつながればと、乗る人の体の状態に合わせて1台1台を設計する、唯一無二の完全オーダーメイドの自転車を設計している町工場です。

 主人公は堀田健一さんです。1943年茨城県生まれで貧しい暮らしを家族で支え合い、小さい頃から物作りが大好きな少年でした。いろいろな工場で見学して小舟や扇風機を製作するほどでした。工業高校機械科を卒業し、一流メーカーや数々の職種を経験して自営業を始め、離婚と再婚を経て、小学生の息子のために踏み込みで進む特別な「三輪車」を作ったのが転機となりました。

 たまたまそれを見た片足の不自由な女性が試乗して「私も乗れる」と涙ぐんで製作を希望し、新聞取材も受けて同様の製作依頼が続々と寄せられるようになります。大手の会社に問い合わせしても手間や材料費ばかりかかって儲からない仕事と引き受けはなく、「自分が作るしかない」と決心した堀田さんは、すでに経営も収入も安定した従来の運送業をたたんで、自転車製作を専業として本格的に開始します。奥様の和子さんが不安を越えて同意を表明し、以後は周辺の業務をすべて担って夫の熱意を献身的に支えました。

 日曜も祭日も関係ないほど毎日働きます。お客さんの個別の要望を相談しながら、事故や病気や高齢などそれぞれのハンディに合わせた最適の設計を探り、特殊なネジも全て手作りで1台の完成に一週間から十日もかけました。完成を心待ちにしたお客さんに引き渡し、試乗してもらうと上手く乗りこなせるよう指導し最後の調整をするのです。その後もアフターケアを大事にして、電話や手紙が来れば現地まで出かけて修理をしました。

 しかしその後注文は伸び悩み、食費も光熱費も不足する極貧の生活に追いこまれます。転職も話し合い、北海道から来た電話注文を「これが最後」と考えましたが、小児マヒで不自由な一人息子のためにと「夏休みに1週間ほど子どもを泊めてもらえないか」との依頼まで受けてそれを承諾します。・・・・・・ぜひ本書でお読みいただきたい心にしみる場面です。

 この体験が事業継続の志を奮い立たせました。サリドマイドの方のために全部足で操れる三輪車まで開発し、「普通の自転車ほど厳しくなく車椅子ほど易しくなく、リハビリにも役立つ自転車」の実用化を深めました。

 やがて、特製自転車で生活を助けられた女性の音楽家が、堀田製作所の苦境を知って恩返しにと「チャリティーコンサート」を実現してくれます。また「利用者支援の会」が結成され、購入者への補助金の支出を区役所に依頼して一部が実現します。懇親会やイベントを通じて利用者の間で交流がはかられました。
 一方思わぬ難問にも直面しました。道路交通法の改正でモーター付自転車の乗車に一時は免許が必要となり、申請して何とか調整してもらえました。また自社の商品登録をめぐって他社からクレームを受け、沢山の資料を捨てて奥様の提案による新しい商品名に切り替えました。

 それでも熱意は変わらず、北海道から九州まで自転車を届ける際にも最低限の手数料のみいただいて夫婦で出張を続けます。自動車の中で寝泊まりしながら経費を削り、二人でささやかな観光や外食を楽しみました。

 この本には堀田さんのおかげで掛け替えのない愛車に恵まれて生活に希望を広げられた「全国からのありがとう」の実話が、丁寧な取材と写真とともにいくつも紹介されています。四十年間で2600台ものオリジナル自転車を作り続けてこられた功績は圧倒的です。

 専門家としての堀田さんの社会貢献は広く知られるようになり、「シチズン・オブ・ザ・イヤー」、吉川英治文化賞、足立区民文化賞などを受賞しました。国立大学の製作実習の手伝いでは十週間もかけて学生達を指導しました。
 一方、堀田さんも和子さんも長年にわたる激務の日々の中で大病に直面しました。年をとった夫婦のどちらかが病気になった時の課題は普遍的なことです。そこで堀田さんは今また新たな目標に挑戦しています。・・・・・・ぜひ本書を読んでその願いをご確認ください。

 不自由な体で懸命に生活される人びとのために、こんなにも誠心誠意を尽くして貢献してきたご夫婦がおられることに心をうたれました。「自分はこの道を進む」という強い志を持ち、「諦めずに何度でも挑戦して夢を実現していく」生き方に深い感動をおぼえました。学園生や若い人達にこのような人生の軌跡をぜひ知ってもらいたいと思いました。

 昨年から「HOTTA」のマークのついた自転車は「日常生活用具」として認められ、乗りたい人には区から一定の金額が支給されるようになったそうです。こうした制度の活用によりさらに利用者が増加し、堀田さんを引き継ぐ人や会社の登場や世界的な普及も期待されている、と本書は結ばれています。

 長くなりましたが、心に残る2冊の本を紹介させていただきました。他の課題図書のシリーズとも合わせて、書店や図書館で手にとってみていただきたいです。なお読書感想文の受付はこの秋まで続けられています。
 
 学園長通信はこの先お休みをいただき、8月26日から再開する予定です。近々には本格的な猛暑の日々が訪れることでしょう。皆様どうかお身体をご自愛され、充実した生活を送られますようにお祈り申し上げます。