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第190回 「コロナ後の世界」を考える本

2020年10月21日

 新型コロナウイルス感染予防は、全ての人びとがずっと向き合ってきた切実な課題です。
 この息苦しい閉塞感から解放されるのは、当面まだ先のことになるものと思われています。「ウィズコロナ」が続くことを自覚した、新しい生活様式の順守が求められています。
 そして、「アフターコロナの世界」はどのように変容していくのか、ということも世界で大きな関心事になっています。これからの社会と生活に関わる重要な視点や認識を得るとともに、自分自身の人生を支えるような知恵を深めたいものです。
 
 そこで今回は、最近刊行された中からお薦めの関連書籍を紹介させていただきます。若い世代の学園生や卒業生にも気軽に読んでもらえそうな新書を選びました。
 まず『コロナ後の世界』(大野和基編・文春新書1271・今年7月刊)という本です。
 世界的な知性として著名な6人の専門家への緊急インタビューを通じて、激動する世界と日本への有益な提言が寄せられています。“このパンデミックで人類の未来はどう変わるのか?”と新書の帯に記されたテーマに沿って、鋭い論考が展開されています。
 
 まずジャレド・ダイアモンド教授です。地理学や進化生物学の世界的権威であり、新型コロナ問題への発言も早くから世界からの注目を集めてきました。
 教授は世界各国のコロナ対応を概観し、ウイルスとは何か、新型コロナの特性と感染拡大防止策の要諦は何かを述べます。核戦争や気候変動など人類全体が抱える甚大な危機も合わせて、このパンデミックを共通の脅威と認識し、世界が一丸となって解決に向かうチャンスであると力説します。
 日本への助言も注目です。持続可能な経済を大事にしてきた日本の歴史や伝統を理解し、人口減少や高齢化自体よりも、健康な高齢者が活躍できない定年退職システムの見直しや、移民受け入れの積極的意義の理解を述べ、女性が安心して働き続けて育児が出来る環境の整備こそが最優先であると説明します。
 そして近隣の中国や韓国との関係を改善することが経済活性化や安全保障上とても重要であることを、世界各地の実情と努力に照らして述べています。最後に21世紀の行方にふれ、今後の世界をリードしていくのは独裁国家では決してなく、歴史に学んだ民主主義国家とその連帯であるとして、行動する次世代の若者たちに期待を託していました。
 
 2番目のマックス・テグマーク教授は、AI(人工知能)と人類の共存、未来の可能性をテーマに論じてきた専門家です。
 短期間に深刻なパンデミックが起きた現代文明をもっとレジリエント(強靭で柔軟)にするために、AIは極めて有効であると述べます。接触履歴や移動履歴の活用など「情報戦」が感染確認と拡大防止に役立ち、ワクチンや新薬開発に活用できることを説明します。そしてAIの進化は、やがて膨大なデータ入手を前提とはしない、自己学習による進展へと向かう見通しを述べています。
 一方「AIの軍事利用」が歯止めをかけるべき緊急課題と指摘し、AIで奪われる職業に留意して生涯のキャリア形成を考えること、所得格差拡大を防ぐ再分配へ向けた政府の課税対策が重要なことであることを述べます。AIが非常にパワフルで厄介な側面もある以上、無秩序な開発を阻止して安全戦略や倫理基準を急いで定め、明確な国際ルールを徹底すべきだと論じます。人類の存続に関わる警告こそが最も重大な課題だと感じました。
 
 3番目のリンダ・グラットン教授は、「人生百年時代」のフレーズを提唱し、人材論や組織論から長寿時代へ向けた働き方や生き方のシフトを呼びかけてきた女性です。
 今回のパンデミックにより日常生活が大きく変容することは間違いないが、第二次大戦後の廃墟から親達の世代が再起したように、社会全体を良い方向に向ける積極的な機会として捉えたいと述べます。在宅勤務の可能性が広がり、全世代がデジタルスキルを向上させ、オンラインの業務や対話にも慣れてきた事実に注目します。
 日本は東京一極集中を緩和させる好機と捉え、大都市からの移住を奨励すべきと述べます。“何より日本が有利なのは世界各国と比べて「健康寿命」が非常に長いこと”と女史も指摘し、高齢化のトップランナーとしての行動は世界から注目されるが、日本社会では特に結婚が女性に課すハンディが重く、企業と社会を支配してきた男女分担論の克服を急ぐべきと力説します。「若さ」「老い」の概念が変わり、活気あふれる高齢者が社会に大いに貢献できるポジティブな構想が求められ、次世代を援助し啓蒙する新たな活躍が期待されていくと説きます。従来の「教育・仕事・引退」という区分を越えた柔軟な人生選択が可能になる中で、それを支える人間としての「無形資産」や総合力が大事になるとしてその内実を説明していました。
 
 これに続く3名の専門家の論考もそれぞれ印象的な内容で、多くのことを学びました。
 心理学のスティーブン・ピンカー教授は、世界の現状を悲観的に捉えて絶望することを戒め、今回の感染症をめぐる正確な事実や歴史的理解を示します。特に膨大な情報や報道、ネット時代で更に偏りのあるジャーナリズムのもとで、現代人が陥りやすい「認知バイアス」を鋭く指摘しています。

 経営者でもあるスコット・ギャロウェイ教授は、パンデミックで更に強大となったGAFAのパワーと功罪を分析します。スマホやSNSは今や電気や水道のように現代人の生活必需品となり、グーグル・アップル・フェイスブック・アマゾンが世界経済をめぐる情報分野の覇権を握る独占的な現状を分析します。国家や国際社会の規制困難など負の側面や今後の行方について詳細に考察しています。

 経済学者のポール・クルーグマン教授は、突然仕事を奪われた人びとと企業への強力な財政出動や金融緩和策を唱え、感染症対策最前線の関係者へのサポートを最優先すべきと説いた上で日本やEU、中国や米国の経済政策を論じ、米国社会の混迷にふれていました。
 
 6名の専門家へのインタビューは、5~6月の時期に行われたそうです。今後どこかでその後の推移をふまえた見解をお聞きしたいと思われました。

 とつぜん世界を襲ったコロナ危機。この先私たちはどのような指針を堅持して生きていくべきなのか。この本は、関連する学問の成果に基づく広い視野から、現状とコロナ後の世界について深く考えてみるきっかけを与えてくれます。
 内容は総じて平易であり、若い世代の人たちにもぜひ気軽に読み始めてもらえらば、と願うものです。