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第191回 「コロナ後の世界」を考える本(続)

2020年10月28日

 前回の続きです。コロナ禍にある現在、そしてコロナ後の未来をどう捉えたら良いのか。重苦しい現在の生活を見つめ直し、人類と世界のこれからを改めて考えてみるために、専門家の方々の知見に学ぶ読書も大事ではないかと思われます。

 そこで今回も最近接した関連テーマの書籍から、若い世代の学園生や卒業生にもお薦めしたい別の新書を紹介いたします。
 『コロナ後の世界を生きる~私たちの提言』(村上陽一郎編・岩波新書1840・今年7月刊)および『コロナ後の世界を語る~現代の知性たちの視線』(朝日新聞社編・朝日新書781・今年8月刊)の2冊です。
 
 岩波版からご紹介します。広い分野の第一人者24名が現状分析や提言を自由に述べています。文春版と異なり筆者の大部分は日本人で、日本の社会や政治の現実も要所で鋭く分析されています。特に印象深かった論考からいくつか例示させていただきます。

 まず藤原辰史准教授(農業史)です。コロナ禍で混乱する政治や家庭をめぐる危機から論じ、パンデミックを生きる指針を歴史から学ぶ重要性を説いて、一世紀前の「スペイン風邪」をめぐる経緯を掘り下げます。そして今、正しい情報を皆が共有することを優先すべきとし、過度な消毒文化の弊害にふれ、生命を脅かす他のリスクにも相乗された社会的弱者を救済することが文明の大事な証であると説いていました。

 イタリア在住のヤマザキマリ女史(漫画家)とドイツ在住の多和田葉子女史(小説家)が、現地の人びとの生活や対応ぶり、日本の様子との違いを述べたのも興味深い内容でした。世界史上何度もあったペスト禍が民衆の心に刻まれていることを知り、お二人が共にドイツのメルケル首相の演説に言及していたのも印象的でした。

 阿部彩教授(社会政策学)は、コロナの緊急事態下で生活・所得支援が注目されたが、「平時」でも公共料金や家賃が払えない貧困家庭が増加し、自己責任論から公的な支援を受けるのが当たり前にならない現実を訴えます。非常時にだけ救うのでなく国民の生存権を淡々と確実に保障する社会になって欲しい、と説いていました。

 隈研吾氏(建築家)は、新国立競技場の設計者です。「コロナ後の都市と建築」の観点から文明論を述べ、「ハコからの脱却」を主題に、超高層ビルや巨大工場に代表される仕事や暮らし方が岐路を迎えたと提示します。空調を前提に安い化石燃料に頼って通勤や輸送にコストがかかる現代文明。ハコの隙間や外を歩く生活を大事にして、誰でもアクセスできるパブリック空間がより豊かな街や居住空間のデザインを追求しよう、と説いていました。

 藻谷浩介氏(地域エコノミスト)は、『里山資本主義』の提言が反響を呼び、全国各地の活性化に関わってきました。コロナをめぐる事実経過を「一次情報」から正確に認識する重要性を述べ、日本人の伝統的な生活様式と今回の事態を踏まえて「コロナで日本は変わらない」と述べます。律令制導入や明治維新や戦後改革など史上の大変革には、実は社会の歪みや暴走を「伝統回帰」へと是正する本質があったと分析し、コロナ後に経済機能の地方分散や女性リーダー層の信頼など「伝統回帰」が強まることを予測します。世界の多様な文化を柔軟に受け入れて外国人の評価に敏感なことも、安全で親切で観光資源が豊かと絶賛する外国人の高い滞日評価も変わらないとして、今後のインバウンドの回復も予想します。そして、大都会中心の評価基準に縛られない多数の若者たちが地方生活を選んで拠点とし、世界と日本を往復しながら活躍する新しい時代が待望されると結んでいました。
 
 次に朝日版をご紹介します。新聞社のデジタル配信で示された、コロナ危機をどう読み解くかの識者のインタビュー記事が、異例の高い関心を集めたのが出版の契機だそうです。別の新書に異なる小論が掲載された筆者も複数いましたが、全部で22の論考が収録されています。ここでは3名の方々にしぼって例示させていただきます。

 福岡伸一教授(生物学)は、ウイルスの奇妙な本質から説明します。ウイルスは実は利他的な存在であり、私たち生命の不可避的な一部であって根絶はできず、受け入れて共に「動的平衡」を生きていくしかないと解きます。新型コロナもやがて常在的な風邪ウイルス、免疫を獲得した宿主と程々に均衡をとるウイルスと化す。よってウイルスをAIなど科学の力で統制下におこうとする全ての試みに反対する、と鮮烈な提起をしていました。

 大澤真幸氏(社会学者)は、人類全体が「運命共同体」だと痛感した今が国家を超えた連帯を実現させる好機だと力説します。世界の原生林が伐採されて都市化され、野生動物との接触機会が増えて感染リスクが高まった背景があり、中国がグローバル資本主義を牽引し、世界中の人の移動が飛躍的に増えた影響を述べます。「封じ込め」による経済システムとメンタル面の崩壊をふまえて、国家を上回る強力な国際機関の設立を提言しています。

 ブレイディみかこ女史(保育士・ライター)は、英国在住で息子さんが受けたアジア系差別を紹介し、真の危機はウイルスよりも「無知」と「恐れ」であると述べます。謝罪を受けた家族の気づきを通して、他者と共存するための成長の機会が続くことを指摘します。人びとの暮らしを支える「ケア階級」「キーワーカー」をめぐる考察も深く共感しました。
 
 識者の原稿は3~6月の時期のもので、当時の情報や情勢が色濃く反映する部分もありましたが、歴史の考察をふまえた鋭く普遍的な論考にもいろいろ接することができました。

 私達はコロナ危機をめぐる膨大な報道の中で生活し、感染者数の推移など連日のニュースに接しながら、心配やストレスが避けられない日々です。「世の中はこの先どうなるのだろう」という不安感は、将来の長い次世代の人たちには、より切実な問題でしょう。

 未来への希望を豊かに持ち、社会の進歩に貢献する明朗で実力ある人間に育ち、持続可能な社会の担い手になって活躍してもらいたいと願うものです。そのためには問題意識や探究心を深める読書も大切です。

 ご紹介した3冊では同じテーマに対して、様々な分野の専門家が「混迷する世界をどう捉えるのか、どう行動するべきか」を自由に論じていました。未来へ向けた希望の萌芽もあちこちに散見されました。「この人の見方や考え方に共感しました」「思わず深読みしたよ」「読んでみてごらん」といった話題にもなればと願いました。書店や図書館で手にとってみていただけたら幸いです。