広島セミナー③

2026年8月22日

3日目。最終日。

この日は、被爆をされた河野キヨ美(こうのきよみ)さんからお話を聞く日でした。このセミナー旅行の最後を締めくくる大切な時間です。

女学校2年生であった14歳の時、爆心地から35km離れた郊外の自宅で広島市への原爆の投下を知り、翌日、2人の姉を探しに市内に入った話をしてくださいました。

  

70歳になった時、「原爆の絵=あの日を忘れない」を書いた。
20歳で兵隊に出された。工場や農村は、学徒動員され、中3以上は工場で働いた。
建物疎開もやった。爆弾が落ちてくるから、100mの空き地を6個所作る。ロープで引っ張ることをした。6800人の友達が死んだ。戦争は残酷だ。

8・6落ちた。
ドカーンと大きな音がした。裸足で飛び出したけど、変化なかった。南の空に大きな雲があった。
夕方、電車で負傷者が帰ってきた。「広島、全滅だ」と聞いた。「姉2人が死んだと思うから、骨を拾いにいこう」と考え、広島に行った。それから、壮絶な広島での光景を聞きました。そして、最後に、こんな言葉で締められました。

こんなことがなければ、人生があったはず。「戦争」は、人の手で行ったもの。だから、人の手で終わらせることができるはず。正しいと思うことを言葉で伝えて、優しい人に。君たちに、平和の希望をゆだねたい、たくしたい!!と。

淡々と、そして目を子ども達に向けながら、河野キヨ美さんは話をしてくださいました。そんな言葉に、耳を傾け、心で寄り添い、そして、自分ごとにしながら、聞きました。現在、被爆者の方々の平均年齢は、テレビ新広島の報道などによると86.66歳(2026年時点)となっており、実際のお話を直接聞くことができて良かったです。未来の希望を託されました。

最後には、笑顔で、子ども達と握手をしてくださいました。河野キヨ美さんからの思いを、身体と心全部で受け止めました。

そして、広島ともお別れです。おみやげも、たくさん買いました。