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月別 校長通信

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第856回 東日本大震災から三年間を経て

2014年3月11日

学年末試験の返却と解説が、昨日の午後から今日にかけて一斉に進められています。試験は返却後の徹底した点検と振り返りこそが、この先の前進につながる大事なポイントです。先生方のコメントにも集中して欲しいと思います。

東日本大震災が勃発して、三周年にあたる本日を迎えました。
全国各地で追悼の催しが行われ、様々な特集が報道されます。本校の在校生と教職員も午後2時46分に1分間の黙祷を捧げます。高校生は授業中で、中学生は部活中や帰宅後になりますが、各自心をこめて黙祷してもらいます。

 

大地震と大津波と原発事故の三重苦。その凄まじさは想像を絶するほど過酷なものでした。そして被災地の現状を垣間見ると、三年間の経過の中で更に複雑な困難が絡みあい、多数の人びとが深く苦しんでおられることを知ります。

最近テレビ観たいくつかの報道特集の中で、福島第1原発事故の被災者の現状を紹介した番組に特に衝撃を受けました。
福島県楢葉町・広野町にある「Jヴィレッジ」をご存じですか。日本サッカー界の発展を支えたこの施設が、いま原発事故の収束をめざす派遣の拠点となっています。連日4千人もの作業員の方々がここからバスで原発などへ向かいます。ずっと深刻な原発汚染水の処理や各地の除染作業のためです。自衛隊員や東電社員や下請けの人達がここから様々な作業に送られてきました。広大な芝フィールドは様々な車両や資材で埋めつくされています。

 

原発事故で故郷を追われ、現在も周辺市町村や全国各地で避難生活を余儀なくされている住民の方々は約13万5千人もおられます。様々な実例を知りました。近隣の富岡町は全町民に避難命令が出された町の1つです。常磐線の駅舎は津波で消失し、その後強い余震も続いて無人の町は更に荒廃しました。警戒区域に指定後、昨年の再編で「帰還困難」「居住制限」「避難指示解除準備」の3区域に分かれました。しかし政府の方針が「帰還」よりも「移住」を促す方向に転換され、町民の方々の悩みは一層深まっています。富岡の賑わう商店街や桜通りの名所に再び皆で集まろうと願っていたのに、移住への最終決断を迫られる圧力に直面されているのです。

その北部の浪江町の様子も報じられます。一時的に帰宅できた世帯も家の中は当時のままなのに、周辺の道路周辺や雑木林に足を延ばすと放射線量の高さには心が曇るばかりです。「解除準備」区域の他の各地も同様であり、林業や椎茸栽培などの復活も絶望的です。浪江町の商工会リーダーの時計屋さんのご主人は、皆で故郷へ戻って地域を再生する夢を実現しようと各地に避難する友人、知人を苦労して家庭訪問します。しかし住民の大部分はもう戻らないから、自分ももう新天地へ移住して新たな仕事を得るしかないのだという人達が予想以上に増加していました。

更に他の町村の「自主避難」した人達も含めて様々な実情が紹介されます。たとえば幼い子ども達を守ろうと母親が遠くの仮設住宅や離れた地域のアパートに暮らし、父親が事故現場に近い地域で仕事を続け。二重生活で家計がどんどん苦しくなるのに、行政からの僅かな支援金もいずれ打ち切られる情勢。今後の家族生活の方向を決めるのに夫婦で意見が分かれ、時には離婚の危機にも直面することまで少なくないそうです。“もう帰っていいよ”と行政から伝えられた地域の中では帰還か移住か意見は鋭く分かれ、なおこれまでの支給金すら失う不安に直面されます。
家族の中で、地域の中で意見の違いが明白になり、気持ちのわだかまりや亀裂が深まる現実は、観ている側も胸を締め付けられる思いになりました。

 

東日本大震災から3年経ったいま、それぞれの地域と家庭が個別のより複雑で困難な状況におかれて立ちすくむ様子を知ることができます。行政の施策と被災者の現状の間にある大きなギャップに対して、誰がどんな努力を持って支援に入れるのか鋭く問われていることを知りました。

自分達の無力さを思い知らされます。それでもまずは進行している被災地の現状、実情を知ることは誰にでも出来るはずです。在校生の皆さんにも、テレビや新聞やネットを通じて、こうした報道に意識的に目を向け、事実を知ってほしいと心から願っています。

※ 明日から年度末の諸会議や報告会、学年末面談や科目別指導などの日程が続きため、校長通信はお休みをいただきます。ただしどこかで臨時に掲載する可能性もあります。最後の全員登校日にあたる20 日と22日には確実に載せますのでよろしくお願いいたします。