リトアニア・ポーランドツアー ~ 8日目 ~


時差ボケの一種なのか引率の緊張感(?)からなのか、はたまた早くに寝ているからなのか、連日ものすごく早起き生活を続けています。これまでの海外旅行で時差ボケに悩まされることはありませんでしたが、日の出・日の入り時刻の違いが大きいこともあるので、今回はダメな気がしています(;^_^A
昨日はカウナス市街地での自由散策時間のあと、現地ガイドさんとともに杉原千畝博物館に出掛けました。いわゆる「普通の」閑静な住宅街の中にある「杉原ハウス」では、ガイドさんの説明を聞きながらじっくりと見学させて頂くことができたのですが、申し込み時間や次の見学先への移動のこともあって「時間が足りない」との声もありました。現地への到着まではワイワイと話していた生徒たちがガイドさんの説明に真剣に耳を掛け向ける様子、施設内の展示物に対して積極的に目を向け、(触れられるものには)手を伸ばす様子を見ていると、このツアーを再開できて本当に良かったと実感できました。
博物館を見学していて深く考えさせられたことの一つに、「杉原千畝がとった行動をどう捉えるか」というものがあります。多くの人を救った(歴史に「もし」はありませんが、たまたま多くのことが上手く運んだだけで、もしかしたらその行動により命を落とすことになった人もいたかもしれません。)という人道的立場からすると素晴らしいおこないであったと言えますし、正式な許可のないまま査証を発行していたという事実だけに目を向けると望ましくなかったとも言えます。実際、博物館で観た資料映像でも「自分の行動は組織としては間違っていたかもしれないが、人間としては正しいことをした思っている。」といったことを本人が語っていたとの説明がありました。こうした問いが経つからこそ、「道徳」の題材として取り上げているのでしょう。
世の中には「Yes or No」で説明できないことが多くあります。特に人文科学系の学問(テーマ)においては強く言えると考えています。今回のツアーで触れてきた史実からも、そのことを実感しています。「ワルシャワ蜂起」は正義なのか不義なのか、戦争における敵対国は本当に敵なのか、仮に敵だとして別の戦争では手を組めるのはなぜなのか、たとえばEUに加盟して「仲間」となっていても仲の良し悪しがあるのはなぜなのか・・・。
つまるところ、あらゆる物事に対する捉え方はTPO(Time Place Occasion)によって変わり得るものだし、その判断にも「余白」を残しておく必要があるのだと思います。「グレーゾーン」を残すことで時に優柔不断さが見え隠れしますが、他者との関係性を築いていく上では非常に大切なものであると確信しています。Aという概念もBという概念も大切に、自分の考えを貫くことも自分の考えを「緩める」ことも大切に、そうした意識をもって「社会の進歩に貢献できる実力のある人間」として湘南学園生には成長していって欲しいと願っています。自戒を込めて・・・。







