2016年度 ポーランド・リトアニアヒストリーツアー2日目

2016年8月18日

 今日は2日目となります。朝から旧市街に入り、織物会館や聖マリア教会など町の中心を観光してからヴァヴェル塔に登りました。お昼後はヴェリチカ岩塩抗で坑内を見学し、シンドラーの工場跡地やゲットーの跡、ユダヤ人が生活をしていたカジミエシュ地区にを訪れ、ユダヤ人への迫害についてガイドさんから解説をいただきました。

 伝統的なポーランド料理を夕食としていただいた後、希望者5名で織物会館へ出かけお土産を買うなどして1日目を過ごしました。時差ぼけで疲れている生徒も多く移動中のバス内で寝ている様子もありますが、今日1日目で約6キロほど歩いたので無理もないことでしょう。観光中や食事などは楽しそうです。メモを取りながら話を伺う生徒もおり嬉しく思います。

 以下、生徒の感想です。明日はいよいよアウシュビッツを訪れます。

<K.T>
昨日の疲れが残ったまま二日目を迎えました。今日はクラクフの町を観光するということで、クラクフの市街を散策したり、少し市街から離れたところにあるヴィエリチカ岩塩抗とシンドラーの工場、カジミエシュなどに行きました。
まず、僕たちは市街を散策しました。そこには織り物会館という特産品が売られていた市場がありました。その近くには、左右の高さが違う教会があります。それは、その教会を建てた兄弟が左右に別れて建てたらしいのですが、兄弟の間で高さに関して喧嘩がおこり、殺した為、高さが違うらしいです。その話は伝説ではなく、実話という点が、現在では考えられないため、非常に興味深いと思いました。
次に、ヴィエリチカ岩塩坑に行きました。そこでは、165メートルもの地下に入り、塩をとるまでの流れなどを説明を受けました。地下の坑道内には3000もの部屋がり、迷宮のようになっていました。17世紀から様々な道具を使い堀り続け、現在は当時のように岩塩は掘っていないものの、塩自体はとっているらしいです。当時、メタンガスが地下にたまった時、爆発させる役割を持った人がいたということを聞き、当時の人がいかに岩塩を起点とした商業をして儲けようとしていたかが読み取れました。
次に、シンドラーの工場の外観を見た後、カジミエシュというユダヤ人街に行きました。そこには、僕が想像がしていたより遥かに大勢のユダヤ人がいました。
ユダヤ人は、黒い帽子をかぶり、髪の毛を眉毛の付け根の辺りから下ろしていたので、すぐにわかりました。カジミエシュは道路が汚く、落書きも多いことから、治安が悪いことを意味しているのだと思いました。つまり、世界的にはユダヤ人の迫害はほぼなくなってきていますが、このユダヤ人街にある通り、まだまだ世界的に完璧には認められてないと思われる点が見られます。でないと、落書きの量や道路の汚さも、同じクラクフ内な訳ですし、他の町と変わらないのではないかと僕は思います。その為、明日のアウシュヴィッ強制収容所では、そのような差別をなくすためにより細かく考えていこうと思います。
<H.U>
今日は朝から中々ハードなスケジュールでしたが、朝いちで旧市街の散策をするとManyポッポと肌寒さが当時のク ラクフをより一層引き立てる感じが味わえました。ランチは、水餃子の様な見た目の中に肉やチーズなどが入った食べ物を頂きましたが、正直あまり美味しく無かったです。ですがポーランドの伝統的な食べ物らしいのでまた一つポーランドに近づく事が出来ました。その後は岩塩坑を見学し中々面白かったです。大迷宮の様になっていて綺麗な岩塩やカリフラワーの様な岩塩まで様々ありましたが中でも最初の階段が一番怖かったです。さらにユダヤ人をメインにしたツアーが行われ、運の良い事にユダヤ人を見る事が出来ました。まるでハリウッド映画を観ている気分でした。街にはポーランド第二の都市だけあって路上駐車をする車や路面電車が多かったです。日本で沢山の路上駐車を見る事はないので驚きました。ディナーはかなり自分に合った料理だったので安心しました。ですがカツが自分の想像と全く違ったので少しガッカリしました。中々充実した1日でした。
<R.T>
クラクフの街を歩いてみて、僕は素晴らしい街だと思った。中でも僕は、バベル城が一番心に残る良いものだと感じた。外見も見応えがあり、さらに城の上から見た景色は街が一望出来るものだったからだ。また、ヴィエリチカ岩塩坑では塩で出来た石像などが美しく綺麗であった。今日のように、明日もポーランドの素晴らしさを知れていけたらよいなとおもっている。
<N.S>
今日はクラクフを中心にまわりまわりました。
最初バスに乗っててびっくりしたことはすごく路面電車の数が多く、結構田舎の中の都市と感じたことです。回るのに1日観光するからには大きな都市だと思ったんですが、森林も多く利便性も高く将来住みたい場所だなと思いました。
バスが着いた時にはもうクラクフの町並みの近くにいました。門をくぐり町の中に入ると聖マリア協会がありました。毎日○○時00分くらいになるとトランペットがなるらしく、9時ちょうどに協会が見える通りにいたためそこにいたため、トランペットが見えました。しばらく歩くとヴァヴェル城が見え、登りました。鐘の数が多く、ほとんど木で出来ていました。また、頂上からの景色はすごくよかったです。
次にヴェリチカ岩塩抗に行きました。岩塩抗で食べる岩塩の味はしょっぱかったです。
次にシンドラーの工場の外観を見ました。門の近くにたくさんの名前があり、その人たちが当時働いてたのかなと思いました。
最後にユダヤ人のゲットーを見ました。人間が二度とこのような過ちを侵してはならないと思いました。
<M.K>
今日クラクフの街を歩いてみて、僕はとても綺麗な街だと思いました。その中でも特に印象に残った事は、シンドラーの工場についてのことでした。シンドラーさんについての話を聞いてシンドラーさんは優しい人だと思いました。また、ヴィエリチカ岩塩坑の岩を削って作った壁画などとても綺麗で素晴らしかった。明日も今日のようにポーランドについて知れていければいいなと思います。
<T.K>
最初に行った旧市街では、要塞や小さい店があった。
ポーランドという国は、ドイツ、昔はソ連に挟まれていたので第二次世界大戦の影響をかなり受けているのが分かった。第二次世界大戦中はナチス・ドイツによる強制収容所の建設が進められ、ユダヤ人ということだけで入れられた人々がかわいそうだと思った。そんな中、そのユダヤ人を助ける人がいたことは嬉しく思った。
 ヴィエリチカ岩塩孔では土器が使われていた時代から塩を取っていることが分かった。中世の中頃からは、本格的に塩を取るようになっていったことが分かった。それらの塩は、塩が貴重だった中世に輸出して国の財政に役立っていったことも分かった。
 旧市街には門があって、今は道だが堀があったことに驚いた。モンゴルの遊牧民が攻めてきたときには危険が迫っていることを伝えるトランペットを鳴らして死んでしまったことは少し感動した。
 シンドラーの工場では、強制労働させられているユダヤ人をアウシュビッツから連れ戻したり、こっそり工場で作った鍋を闇市で売らせて、1100人を救ったことには感動した。
 今日、旧市街を歩いてみて、やはり昔から周りの国に何回か攻撃されていたことが改めて分かった。また、それに抵抗して勝利した地元民にも感動させられた。
<S.S>
クラクフに着いてまず思ったのは、日本とは違う街並みでした。具体的にはホテルや市役所が綺麗に整頓されておりゴミが地面に一切無い事です。又、今日岩塩鉱に行き、昔塩を掘る時にどのような技術を使って塩を採掘していたかという事がわかりました。この夜、織物会館に散歩兼買物をしに行き、お土産などを買いました。
<T.M>
今日は、まずクラクフの市内を観光しました。市内は、古い町並みできれいでした。
次に、ご飯を食べました。はじめに、スープがでてきました。次に餃子のような形をした料理が出てきました。餃子のようなのが美味しかったです。
次に、ヴィエリチカ岩塩坑を見学に行きました。とても長い階段を下りました。地下は涼しくかったです。あった塩を削ってたくさんの部屋を作ったりしていてきれいでした。塩でできたシャンデリアが、一番きれいでした。天井から塩のつららのようになっていたり、壁から塩が出ていたりしてすごかったです。
次に、シンドラー工場跡とユダヤ人地区見学に行きました。そこではじめてシンドラーという人について知りました。ユダヤ人は自由がなかったことがわかりました。
夜ご飯は鳥肉の料理を食べました。ご飯ではなくジャガイモでした。パフェが美味しかったです。
時差ぼけで眠いです。
<S.N>
ポーランド2日目
最初にポーランドでいった旧市街には、マクドナルドやスターバックスが日本にあるような感じではなく街並みに溶け込んでいる様なオシャレなもので日本の京都に近いなと思いました。
旧市街にあった、城の様なものの所では自分達が立っている所がお堀だったと聞いて驚きました。
次に行った、教会では階段が日本の城のように急で登るのが少し疲れました。ドラゴンが火をふくのも見れて良かったです。
シンドラーの工場では、ユダヤ人をドイツ側なのに守ったシンドラーが日本の杉原千畝みたいとも思いました。
岩塩鉱は、自分がアンケートに行きたい場所として書いて行けることになったのでとても楽しみにしていました。
岩塩鉱では、岩塩を舐めることが出来て良かった事と塩の結晶が綺麗でした。
お土産を買いに行ったときに買った空にゴムでとばすおもちゃは、広場で飛ばせてとても楽しかったです。
<H.M>
「今日感じた日本とポーランドの違い」
一つ目は信号の量です。一つの道路に日本では1本ですがポーランドでは3本ありました。
二つ目は道路です。道路は下が石畳になっていて歩きやすいですがバスに乗っている時はすごく揺れました。
三つ目は町並みです。市街地にある建物の多くは日本より窓が少なく庭が広いという事を観察していて思いました。

「ポーランドの観光地を回って思ったこと」
今日一番印象に残っているのは兄弟が塔の高さを競い負ける可能性があると思った兄は弟を殺してしまった、という話が一番衝撃的でした。

「覚えたポーランド語」
こんにちは、ありがとう、すみません

「二日目を終えて」
ポーランドの綺麗な町並みを見れたこと、岩塩を舐めるという貴重な経験をしたこと、 ポーランドの歴史についてしれたことはとても貴重な体験に待ったと思います。
体調不良、疲労に襲われながらも無事二日目を終えられて内心安心しています。

<Y.M>
今日は、長い1日を過ごしました。
特に、バスでものすごく移動しかつ昔使われていた岩塩坑を回りました。そこは地下165メートルまで階段で降りて、そこから岩塩を削っていた所にいったら、ものすごく広く、教会や礼拝所とかがあり、色々な設備が整ってて、これが人間が作ったものかと思いました。周りが木と岩塩だけで、できていて、木は錆びずに塩と一体化していくので使われてるそうです。
そのあと、バスでユダヤ人を殺された所とかの話をしながら、バスで周り降りた所には服装が黒く帽子をかぶっていて、髪型が特徴的な 大勢のユダヤ人を見かけました。
<H.H>
僕は初めてヨーロッパに来ました、最初に思った事はまず大きく日本と違う事です。まず、町が色鮮やかで、たくさんの歴史を感じられる建物や銅像やアート作品がとても印象的でした。中でも、僕が1番凄いなと思った事は、ゴミ箱が町のあちこちにあり、ゴミが落ちていなかったことと、電線と電柱柱がなくてとても日本より空が広く感じました。
今日行った岩塩抗は、ガイドがいなかったら迷子になるぐらいの長さでした、岩塩坑には礼拝堂や、そこに訪れた有名人の銅像や、そこで過去に行われた 採掘作業の手順などたくさんの歴史を感じさせる物がありました。そして夜ご飯を食べに言った時に、僕は初めてユダヤ教を信じる人を見ました、何をしていたかというとその人たちは、昔殺されたユダヤ教徒の墓参りに行っていたそうです。また、その人たちの服装は、全身黒色で、神を男でも伸ばして結んでいました、ここで僕はなぜこのような人を殺せたのかを不思議に思えました。だって同じ人間じゃないですか!
なぜ殺せたのかを明日考えてみたいと思います。