2018年度 ポーランド・リトアニアヒストリーツアー①

2018年8月21日

終戦記念日の昼過ぎに羽田を発ち、ドイツのフランクフルトを経由して、ポーランドはクラクフに着いたのは、日付が変わる前、夏の夜風が心地よい時間帯でした。

今年で5回目になるポーランド・リトアニアヒストリーツアーには、中高生の有志10名と教員2名、さらに早稲田大学の公認サークル『千畝ブリッジングプロジェクト』の大学生2名を加え、合計14名が参加しています。

ユネスコスクールに認定されている本校では、ESD(持続可能な開発のための教育)を、教育の柱の一つとして掲げています。
ユネスコ憲章には、「戦争は人の心の中で生まれるものであるから、人の心の中に平和のとりでを築かなければならない。」という言葉があります。ポーランド・リトアニアヒストリーツアーでは、この言葉に象徴されるユネスコの理念を実現できるような、「持続可能な社会の担い手」の育成を目指します。

到着翌日のツアー初日は、クラクフのサンスター日本語学校の皆さんとの交流を持ちました。


(サンスター日本語学校にて)
 

(二人一組になり、クラクフ市内を観光)

 
「皆さんとても日本語が上手で僕も外国語をもっと勉強しなければいけない、と、いい刺激になりました。」(高校生・男子T)

遠く離れた土地に住みながら日本の文化に高い関心を持ち、日本語を学ぶポーランドの若者たちとの交流は、生徒たちにとっても大変大きな刺激になったようです。

その後、クラクフから1時間半ほどのところにあるアウシュヴィッツ=ビルケナウ強制収容所を訪問しました。
第二次世界大戦中、ナチス党政権下のドイツでは、国家ぐるみのユダヤ人虐殺、いわゆるホロコーストが行われました。ポーランドにある当収容所は、ナチスが作った収容所の中でも特に大規模なものとして有名です。


(ビルケナウ強制収容所)


(ガス室で用いられた毒ガス”チクロンB”)

「収容所内には犠牲になったユダヤ人達の沢山の遺品が展示してある場所がありました。カバンや日用品、義足や義手などです。その中にユダヤ人の女性達の髪の毛を展示してある場所がありました。それはとてもおぞましく1番ゾッとした場所でした。」(中学生・女子A)

「教科書の文章や資料の数字を見ただけでは分からない、一人一人の命の重みを感じることができました。私はアウシュビッツを訪れるのは二度目でしたが、ホロコーストが過去の歴史の一部という意識から、今現在起こっている移民問題などと深く関わっていて決して他人事ではないのだという意識に変わっていったので、ここで学んだことを忘れずにこれから生活していきたいと思いました。」(高校生・女子T)

「なぜヒトラーを選んでしまったのか?私が選挙権を持ったらそういうことをよく考えて、信頼できる人を選びたいです。
(中略)
たとえ多数派の味方をしたところで、本当にそのやり方があっているのか?ちゃんと考えるべきだと思います。
(中略)
これらをいかし、差別のない世の中にしていくために少しでも手伝いができたらと思います。」(中学生・女子S)

「今後はどのように同じ誤ちを犯さないかを考えることが大事だと思いました。」(中学生・男子M)


(ガス室。壁の傷跡は、窒息に苦しんだ人々が壁をかきむしった跡)

「アウシュヴィッツで虐殺が行われていた事は知っていたが、自由をほぼ完全に奪われ、仲間の死体の片付けをさせるなど、ここまで多くの苦痛を味わう生活をしていたとは思わなかった。
(中略)
今も戦争はあり、多くの難民もいるが、その人達にユダヤ人たちのような苦痛を与えてはいけないと思った。難民を受け入れることは国では大変な事なのかもしれないが、世界で難民の人を救わなければならないと思った。」(中学生・男子H)

そのあまりにもむごたらしい事実の前に生徒たちは言葉を失い、衝撃を受けながらも、2度と同じことを起こすまいと述べる感想が多く見られました。

ここで得た学びをより深めるべく、次はポーランドの首都、ワルシャワへ向かいます。