リトアニア・ポーランドツアー ~ 6日目 ~

2026年8月20日

現地日時8月16日AM8:00頃、ポーランドからリトアニアに移動するバスの中で書いています。道は空いていてスイスイと順調に進んでいます。他のヨーロッパ諸国と同様にポーランドにもマニュアル車が多く、車の運転が好きでマニュアル車を乗り継いでいた僕には羨ましくてなりません。ヨーロッパではモータースポーツが盛んですが、マニュアル車の普及率とのつながりがあるのかどうか、気になるところです。仮につながりがあるとして、マニュアル車が多いからモータースポーツ熱が高まるのか、はたまたその逆か・・・。探究するほどのものにはならなそうですが、調べ学習のテーマとしては十分に興味深いように思います。
昨日は朝からワルシャワの街を歩き回りました。湿度が低いので過ごしやすくはあるものの、気温が高かったので、さすがに疲れましたね。皆さん、お疲れさまでした。

最初はワルシャワ蜂起博物館から。ポーランドに侵攻するナチス・ドイツへの抵抗として市民が立ち上がったものの、約60日後に降伏に至ったというものです。歴史に「もし」はないのかもしれませんが、もしワルシャワ蜂起がなければ、ワルシャワにも中世建築物が立ち並ぶクラクフのような街並みが多く残って(遺って)いたのかもしれません。個人的に「なるほどね~」と思いながらも複雑な思いに駆られたのが、博物館に流れるBGMが暗い雰囲気を醸し出すものではなかったことです。自分たちの街が破壊・制圧されたにもかかわらず、ポーランド(国旗とは別にワルシャワの旗もあるのでワルシャワ)にとって、ワルシャワ蜂起は「完全なる暗い歴史」ではないということなのでしょう。そういえば、ワルシャワ蜂起は「Warsaw Rising」と英訳されます。先ほどインターネットで調べてみたのですが、このような意味づけ(や表現)が可能になったのは共産主義体制の崩壊後であるということでした。オマケですが、ヨーロッパには天井が高くて広い空間を有する中世建築物が多く(遺って)残っています。これは、日本と違って大きな地震がないことにもよるものです。

一日の締めくくりに、ホテルから徒歩数分の位置にある文化科学宮殿の展望台に昇りました。開放型テラスに金属柵が張り廻られていて、風は心地よいもののチョット怖いくらいでした。スマートフォンで写真を撮る際も「これ、スマホを落としたら大変なことになるね」といったことを話していました。この文化科学宮殿(着工:1952年 竣工:1955年)は、スターリンからポーランド市民への贈り物として建築されたものですが、ポーランド市民にとっては「旧ソ連による支配の象徴」として位置付けられていたそう
です。
「学び」に満ち溢れた旅は続きます(⌒∇⌒)