リトアニア・ポーランドツアー ~11日目~

2026年8月24日

今日も雨降りからの活動開始となってしまいました( ;∀;) ホテル近くにある「杉原サクラ公園」を見学してからホテルに戻り、再集合してKGB博物館(ビリニュス占領と自由闘争博物館)に向かいました。前回までの続きのようになりますが、リトアニアの学校においては、一部の先生を除いて、杉原千畝について触れる機会はあまりないそうです。きっと歴史観の違いがあるからだと思いますが、現地の人の話を聞かないと分からないことであったので、とても興味深く思いました。

KGB博物館は、約50 年にわたるソ連によるリトアニア占領の遺物や記録を展示しています。館内のガイドさん(学芸員???)の話によると、ここには犯罪者に対する扱いの記録をはじめとした史料が多く残って(遺って)いるらしく、研究者にとっても重要な施設であるとのことでした。収容対象者としては、いわゆる「犯罪者」はもちろんのこと、「犯罪者とされた者(位置づけられた者)」も含まれていたようです。授業をはじめとした学校生活の中でも「善悪の基準」については生徒たちに頻繁に投げ掛ける(一緒に考える)テーマの一つですが、こうした史実に触れると改めて色々と分からなくなります。

午後はビリニュス市街の散策をしました。途中でとんでもない集中豪雨があり、旧市街はいたるところで冠水していましたが、その後はカラッと晴れて気持ちよく歩き回ることができました。
 
ちょっと話題を変えましょう(‘ω’)ノ このツアーの中で感じたことがいくつかありますので、紹介させて頂きます。
(1)ポーランドからリトアニアへの移動日に、リトアニア郊外の休憩場所のお店で見かけたシーンについて。ある参加者が、ショーケースに並んでいるホットドックのようなものを買いたがっていました。しかし、店員さんがいるレジからショーケースまでは距離があり、しかも商品名はリトアニア語でしか書かれていません。本人は「食べたい、どうしよう…」と言っていましたが、おもむろにスマホで商品の写真を撮り、店員さんに見せて購入に成功していました。さすがは湘南学園生、これぞコミュニケーション能力・生きる力!!! 見ていて嬉しくなりました。(ちなみに僕が買ったものは英語っぽい商品名が書かれていたので乗り切れました)オマケですが、リトアニア語は「昔の姿」を色濃く残しているそうです。主に農業を営む人たちが「ローカル語」として使い続けていた歴史があるらしく、「新しい言葉」に浸食される機会が少なかったからであろうとのことでした。リトアニア人がポーランドに対して根強く感じているという「劣等感」のようなものや、ポーランド人がリトアニアを「(少々)下」に見ているという事実は、「新しい言葉」の波に乗り遅れたリトアニ アが「遅れている」などと扱われてきた歴史が影響しているのかもしれません。
 
欧州車の底力について。現地に来てから、全員での移動には公共交通機関か貸切バスを使用しています。貸切バスは、いま乗っているものも含めて全て「ベンツ」の車両でしたが、乗り味が「欧州車」そのものです。好みはありますが、日本で乗るバスのような独特の大揺れ感は少なく、どちらかというと心地よいピッチを刻みます。決してゴツゴツしているこということはなく、スプリングやダンパーといった足回りがしっかりと仕事をしていることを感じます。この乗り味、僕は大好きです(o^―^o)ニコ ちなみにこの車両ですが、なんと657580kmを走破している模様です!!!