第906回 W杯初出場の国~オシムの闘い ③

2014年6月7日

県内の全域に大雨警報が発令され、本日は土曜日のため、早朝の段階で臨時休校の判断をいたしました。来週からの試験開始に関連した内容など諸連絡を、メール配信とホームページ掲載で行っています。この通信は準備していたので掲載いたします。

 

昨日の続きです。イビツァ・オシムさんは、日本のサッカー界を指導した後に、帰国後は3つの民族に分裂した自国のサッカー協会、そしてボスニア国民の統一を主導する重要な経験を重ねていました。そして、晴れてW杯の欧州予選大会に出場できたボスニア・ヘルツェゴビナは、グループ内のリーグ戦で快進撃を続けました。

 

オシムは言います。「サッカーは関係性で成り立つ。代表チームのメンバーも、協会もコーチも、観客もサポーターも多民族で成り立っている。どの民族も共存を望んでいるはずだ」と。
リーグ戦も最終段階に入り、ブラジル行きの可能性が見えてくると、異国の試合会場には、世界各地から多数のボスニアの人びとが応援にかけつけました。 内戦で海外に逃げのびた人びとは10万人以上もいました。両親や子どもや、時には全てを奪われ、難民となったボスニアの国民が、感無量で祖国の勝利を見届けたいと参集してくれたのです。「大切な時間とお金をはたいて集まってくれた」人びとは、「ボスニアの故郷を忘れたことはない」「ボスニアとその精神と文化を今でも愛している」と語っていました。

 

旧ユーゴ出身の選手としては、日本でも大活躍し旧ユーゴのキャプテンだったストイコビッチのことを思い起こします。オシムとは師弟関係にある人物です。番組では、やはりサラエボに生まれて育ち、内戦時代の戦火の真っ只中でもサラエボに残って練習を休まなかった、同国エースのエディン・ジェコのインタビューも感動的でした。自分達のような小国がつかんだこのチャンスは、荒廃した国民の気持ちをつないで、仲間としての誇りと希望を取り戻す絶好の機会だと自覚し、大きな使命感を持って試合に臨んでいたのです。

オシムは言います。「人生で一番素晴らしいことはサッカーがもたらしてくれた。代表や監督の経験のおかげで知識を豊かにできた。サッカーはただのスポーツではない。民族をつないで良い関係に導く力がある」と。

 

2013年10月15日、対リトアニアのアウェイ戦。勝てばブラジル行きを実現できる世紀の大一番でした。後半に初ゴールを決めた瞬間のオシムの笑顔、妻のアシマさん達周りの人びととの抱擁とハイタッチの様子には感動するばかりでした。勝利が確定して、オシムが人前で涙を見せるのは、祖国の監督辞任の時に次ぐ二度目のことでした。

バスの周囲に集まったサポーター達は、彼の存在に気づいて、“イビツァ・オシム!”と連呼し続けます。夢を実現した最大の功労者への感謝の表明でした。凱旋の帰国の空路では、民族の差異を越えて選手など一同が、ボスニアのシンボルの花、百合の美しさを称える歌を歓喜いっぱいに大合唱する光景も、胸にせまるものがありました。

 

その後のオシムのインタビューは冷静でした。「私には民族の壁など最初からない」が、今回の達成ですべてが万々歳では決してないと、「何か出来ることがあるんだ」との自信を取り戻したに過ぎないのだ、と諭します。
「勝利を祝う姿を見るだけでも国民として大きな喜びとなる。人びとと共に街へ出て共に歌い踊るがいい。その気持ちが大事だから。生活や仕事に希望が戻る中で再び共に歩み始めてほしい」と語っていました。

 

W杯初出場に沸くボスニア・ヘルツェゴビナは、今も国民を支える基幹産業が育たず、失業率は30%に達するそうです。この2月には大きな暴動が起こり、市庁舎が燃やされたそうです。
国内のサッカーリーグ戦で、アウェイで入った異民族のサポーターが柵と警官で隔離され、違反した一人がピッチに飛び降りたため、即刻全員がスタジアムと街から強制退去させられる場面も報じられました。
サッカーが民族対立の「代理戦争」的な対象になってきた暗い歴史があり、オシムさんもその完全な払拭や克服にはまだ時間がかかることを認識していることがわかりました。

 

間近にせまる日本の初戦は、ごぞんじの通り対コートジボアール戦です。ボスニアの初戦は何と対アルゼンチン戦です。厳しい戦いが続くのは間違いないが、それでもW杯で祖国のチームを国民皆で応援できる幸福について、ジェコ選手がしみじみと語っていました。

ボスニアのW杯出場が決まった瞬間、オシムは現地の日本人に「日本とW杯で戦えるといいな」と第一声で言い放ってくれたそうです。今でも日本のことを忘れてはいないんだ!と感動がこみあげたそうです。“願わくば、その日が訪れることを!”と番組は最後に結んでいました。

 

戦争にも病にも屈しなかったイビツァ・オシムさんは、この5月6日に73回目の誕生日を迎えました。この人の高貴で壮絶な人生について、在校生の皆さんや読者の方々に幅広く注目して頂けたら、と心から思って紹介してみました。様々な民族が共存して生きていくべき、持続可能な地球社会のあり方について、現世代の責務について考えさせられる大事な視点がここにはあると思われました。

来週はいよいよ前期中間試験です。この週末の中高生の皆さんの追い込み、健闘に期待しています。