第1292回 長谷川路可と湘南学園

2016年5月27日

鵠沼郷土資料室の路可展

 過日、湘南学園OBで鵠沼郷土資料室の重鎮でもある内藤喜嗣さんから、「鵠沼郷土資料展示室だより 第36号」と内藤さんご自身がこれまで深く関わってこられた「鵠沼を語る会」の機関誌の最新号『鵠沼 第112号』をいただきました。この「長谷川路可展…鵠沼が語る世界的画家…」は、鵠沼郷土資料室にて開催中につきご紹介することにしましょう。
 
 長谷川路可いえば、フレスコ画「長崎への道」(日本二十六聖人記念館蔵)や旧国立競技場のモザイク壁画「美と力」等が有名であり、私も昨秋研修会の折に前者を見学する機会を得、記念館のロケーションを含め深い感動を覚えたことを思い出します。路可は鵠沼が生んだ世界的な画家であり多彩な芸術家といえましょう。来年が路可没後50年にあたり、その特集を「鵠沼郷土資料館」で開催しました。路可は1897(明治30)年東京で生まれ本名は杉村龍三。暁星小在学中に両親の離婚のため長谷川姓となり、母は妹のいる鵠沼に移り住み、現住所は鵠沼になりました。暁星中に進学し、15歳で第1回院展に出品し入選。出品作は「浜辺にて」と題した水彩画で、地元鵠沼海岸で漁網を干す漁師の姿を描いたものでした。その年に洗礼を受けてカトリックに入信、洗礼名は画家の守護聖人といわれるルカで、画号の路可はそれに由来しているといいます。その後、東京美術学校(現東京芸大)に進み、国画派の大家である松岡映丘に師事し日本画を学びました。日本画家と西洋画家の両面を備えているのみならず、ソルボンヌ大学で西洋服飾史を修め、大学や専門学校で教鞭をとると共に、映画や舞台芸術、新聞小説の挿絵を担当するなど、多面的な活躍をした芸術家として知られています。


 路可とここ鵠沼との関わりですが、路可の故郷は鵠沼にあり、少年時代を叔母が経営していた名旅館と謳われ文人墨客の定宿として名高い東屋旅館を我が家として過しました。1927(昭和2)年フランスから帰国した路可は、東屋敷地内にアトリエを置き、画家としての活動を本格的に開始しました。東屋にはダンスホールがあり、路可がそこを借りて画塾を開いているセピア色の写真が残されています。内藤さんのお話によると、その写真には湘南学園創設に関わった関係者がおいでとのこと。つまり、路可から絵画の手ほどきをうけた関係者の方が、湘南学園創立者に関わったお一人でもあったということです。現在でも湘南学園は全体として園児・児童・生徒の幅広い表現活動を教育特色の1つとしています。路可は他所でも画塾や授業をもっていましたが、ここ鵠沼は故郷でもあり、その豊かな自然と特色ある文化環境は路可をして多彩な創作意欲を掻き立てることになったのではないでしょうか。ここ鵠沼は独特の芸術文化の歴史と伝統が息づく街でもあるのです。そうした街の一角に湘南学園も所在しますので、路可展見学後の散歩がてらにご覧いただければ有難いです。

 *開催期間は好評につき、7月中旬までとのこと(詳しくは下記にお問い合わせを)
 *「鵠沼郷土資料展示室」(鵠沼市民センター内)
 〒251-0037藤沢市鵠沼海岸2-10-34 ℡:0466-33-2001
 アクセス:小田急江ノ島線「鵠沼海岸駅」徒歩3分程度