第206回 映画『夢』」から『桃畑』について

2011年3月4日

学年末試験の最終日です。試験が終われば、結果が気になるのはともかく、まずは解放感につつまれることでしょう。好きな映画やビデオを観るのを楽しみにする諸君もいると思います。昨日に因む、ある作品を紹介してみます。

 

3月3日は「桃の節句」で知られます。長い冬に代わって明るい春の訪れを感じ、桃の花もほころぶ頃に、女の子の成長をお祝いする日です。
平安時代に盛んになった人形遊びから「ひな祭り」がおこり、江戸時代には全国的に定着しました。女の子の誕生を祝って初節句に「ひな人形」を飾る風習は、各地の集落をあげての行事として広がり、現在でも素晴らしく華やかなお祝いの取り組みがいろんな地域で残り、続けられています。

 

巨匠・黒澤明監督の名作のひとつに、『夢』(1990年)があります。筆者は何回も見直したくて、『七人の侍』同様にDVDを購入しています。
“こんな夢を見た”で始まる、8つの夢からなるオムニバス形式の作品であり、黒澤自身の見た夢を元にしたそうです。どれも個性的で怪しい美しさに満ちた夢が、次々と交替していくという不思議な作品です。幼少期の記憶から、青年期の苦悩、壮年期の懸念、そして老成期の達観へと8つの作品を貫く時間の流れも秀逸です。何よりも各夢を彩る強烈な映像に釘付けとなります。

 

特に好きなのは、第1話『日照り雨』、第4話『トンネル』、第5話『鴉』、第8話『水車のある村』、そしてこれから紹介する第2話『桃畑』です。

 

・・・・・・おひな様が飾られている綺麗な部屋で、姉が友達を招待して遊んでいます。そこへ少年がおやつを持っていきます。少年が見た人数分を持っていたはずなのに、ひとり減っています。けれども姉は始めからこの人数だった、お前はおかしいと言い張ります。さっき見たもうひとりの少女は?
すると玄関の方にその少女の姿が見え、少年を誘うように逃げていきます。少年が後を追って外へ出ると、その先にかつて桃畑だった段々畑があり、そこは巨大なひな壇になっています!大勢のひな人形達が少年と向き合います。
彼らは少年に話しかけます。桃の木を切ってしまった人間への抗議を伝えるのです。始めはからかった少年の優しい心を知ったひな人形達は、少年への贈り物として雅な音楽と踊りを届けます。緑をバックに色鮮やかな舞いのシーン。この数分間の美しさは筆舌に尽くしがたいです。
そして衝撃の転換が!あの少女の正体が明らかにされます。初めて観た時は身体が震えて涙が出ました。映像とストーリーの見事な結合にしびれました。

 

・・・・・・百聞は一見にしかず、です。ひとりでも多くの諸君にこの作品を観てほしいなと改めて思います。 また、桃畑の美しさを改めて知ってほしいです。桜よりももっとピンクで、ほんわりした優しさと美しさは貴重なものです。