第168回 詩集『くじけないで』~いとおしい人生を詠む

2011年1月11日

一冊の詩集が、全国に感動を広げています。今年の夏に100歳を迎えるという、栃木県在住の柴田トヨさんが書いた詩集『くじけないで』が、100万部を 越えるベストセラーになっています。昨年末にNHKのドキュメンタリー番組でも特集が放映され、反響はさらに広がり、韓国でも出版され注目されているとの ことです。

私もこの詩集を読み、深い感銘を受けました。柴田さんはごく普通のおばあさんです。詩集の巻末に「朝はかならずやってくる~私の軌跡」が載せてあります が、一世紀に及ぶ長い人生では辛いこと悲しいこともたくさん経験され、でも「多くの人達の愛情や援助に支えられて今の自分がある」と感謝の気持ちを忘れな い方です。
一人息子の勧めで90歳を過ぎて詩作を始めたというのが驚きです。新聞の詩の投稿欄の常連となり、私も大好きな女性誌人・新川和江さんに注目されました。自費出版した処女作品集が、装丁も変更されて再出版されて、口コミで感動を広げブレイクしていったのです。

トヨさんの詩作の原動力は、「残された日々をしっかり、楽しみながら生きる」強い気持ちです。外出しない日も毎朝お化粧をかかさず、一人暮らしの住まい に寄り添う風や陽射しにも心を通わせ、人生の想い出やいまの生活を温かい言葉で紡いでいかれるのです。大勢の方から感謝や励ましのお便りを頂く嬉しさを励 みに、自ら詩を朗読したDVDも出されました。
詩を作ることはトヨさんの新たな生きがい、張り合いになりました。特別な題材はなくとも、心に思いついた言葉は忘れないように書き留められるように、 ノートと鉛筆・ペンはいつでもどこでも必携だそうです。毎週土曜に来る息子さんに見せ、朗読しながら何度も書き直して仕上げる作業が楽しいとのことです。 ひとつの作品の完成に1週間以上もかかるそうです。

詩はとても平易な内容ですぐに読めるものです。でもトヨさんの詩から、人生の喜怒哀楽を包みこむ、生きる喜びや生命のいとおしさを改めて感じるのです。 キラリとする言葉がちりばめられ、こんな高齢の女性にこのような豊かな感性があるんだと驚き、ひいては読者も人生を大切にしていこう、と勇気がふつふつ湧 いてくるのです。同様な境涯にいる女性はもちろん、数多くの読者の宝物~座右の書となりプレゼントになっている様子が、先述の番組でも紹介されていまし た。

優れた詩には、大きな力があります。苦しみの最中に光をもらったり、一歩前へ踏み出す希望や勇気を与えてくれます。現代の日本社会で「詩の力」はもっと 注目されるべきでしょう。詩は誰にでも書けるものです。普通の人がもっと詩の鑑賞に親しみ、詩作にもトライしたらいいな、とよく思います。  詩を書くと日常の暮らしが豊かになります。周りの人間や物や景色を見直したり、人生や社会を見つめる感受性がもどってくるのです。
若い人達にも詩に親しんで欲しいと思います。たとえば若者の心を捉えるJポップの優れた歌を聴くと、メロディーにのせられた歌詞の世界が素晴らしいとよ く感じます。「シンガーソングライター」になるのは大変でも、自分の気持ちを詩のスタイルで気軽に書きつけてみる、そんな詩の文化がこれからもっと進んだ らいいなと思います。

柴田トヨさんのこの詩集は、「詩の復権」を促す画期的なメッセージとなりました。