白樺派!!
10月2日の校長通信で、「白樺派といえば、鵠沼とは切っても切れない縁があります」と記したのですが、これはどういうことかというと・・・
先日の校長通信で紹介した旅館・東屋において、1907年に、志賀直哉と武者小路実篤が雑誌『白樺』発刊についての構想を練ったということです。「白樺派」は、雑誌『白樺』につどった人たちのことだと考えると、まさに鵠沼が「白樺派」誕生のきっかけとなった場といえると思います。
雑誌『白樺』は、1910年~1923年にかけて発行されました。だいたい、大正時代(1912年~1926年)と重なります。
そもそも「白樺派」とは?・・・・教科書的にいうと、
「日本近代文学の一派。雑誌『白樺』によった文学者・美術家の集団をいう。人道主義・理想主義・個性尊重などを唱えて自然主義に抗し、大正期の文壇の中心的な存在となった」といった説明がされ、武者小路実篤・志賀直哉・有島武郎あたりが代表的な作家とされることが多いと思います。
その人たちの文学作品は、今でも文庫本などでも手軽に読むことができますので、読んでみるとよいと思います。
また、関川夏央『白樺たちの大正』(文春文庫)という本は、少し難しいかもしれませんが、白樺派をとおして大正時代を理解しようという内容で、面白かったです。
少し激しすぎかな?と思いつつ、その本の内容紹介として記されている文を示します。
「『白樺派』はかねてから“能天気な理想主義者”の代名詞であった。いまや完全に忘れ去られ、顧みる人すらいない。しかし、と著者はいう。武者小路実篤は一時代の革命者であり、志賀直哉は最先端思潮の体現者だったのだ、と。『新しき村』運動を軸に、大衆化に向かう近代史上の一大画期を描き出す渾身の力作評論」
やはり、少し難しそうではありますが・・・
とはいえ・・・白樺派の人たちが、「自分らしく生きること」や「理想を持って生きること」を大切にしたという点は、今こそ注目するべきであるかもしれません。
100年以上前、この鵠沼の地で、若い文学者たちが新しい時代の文学について語り合っていた、その場所が、湘南学園のすぐ近くにあったということは、是非知っておいてほしいと思います。







